短歌
 
小口 勝彦 君 投稿2010/10  大和逍遙  30首 掲示板ページをご覧下さい。
藤原宮栄華誇れる人も館も今は霞か跡形もなし 畝久山。耳成山と香具山は藤原京の鎮護なるとぞ 香具山は額田王さもあらば天智天武の山はいずれか 和らかに山にはあれど麓には猛き歴史の繰り返されしと 名にし負う三山なれどアルプスを見慣れし吾には丘とも思えぬ 歌に聞く大和三山霞みいておぼろに坐す乙女の香具山 葛城の山より見下ろす飛鳥奈良 人あり歌ある歴史の産土 落日の二上山を遠望す山なれば永久に在る雄岳雌岳は ふくよかな飛鳥美人に出会いたり高松塚に君を見出す 早稲田に昇る太陽映りいて飛鳥は静かに今日を始める 甘樫丘に登りて君に告ぐ見よや飛鳥ぞ万葉の里 遙けきも辿り着きたる飛鳥の地思いの外に小さくてあり まほろばの大和をともに歩まんとの約束果たさん 同行二人 ナビゲーターの君なき一人の旅なればひとり問いかけひとり答えつ 朝まだき車を駆りて西へ西へ万葉の里訪ねる旅に
夢にあらず袖振る汝に見えんと訪い来し蒲生野五月雨に煙る 恋に生きし額田王愛したる君なれば待たん近江蒲生野 近江なる大津宮を求め来ぬされど偲べる縁すらなく 五時間の歩み納めは石上神宮 夏越祓えの茅の輪くぐりぬ 上り下り神社仏閣古跡ありて顎も出でたり初老の二人 昼食は何はさておき三輪そうめん 熱き体に涼味一服 三山を飛鳥藤原を見やりつつ炎暑の道をゆるゆると往く 三輪山は神にしあればスタートに完歩を祈り柏手を打つ 山の辺の道なる言葉に憧れてともに歩くを語りし君なり 緑濃き山の辺の道友と往く胸には君の小さき写真 奥の院の小さき空を雲流る人も時間も斯くのごとしと 奥の院へと続く石段七百二十 小鳥の声に導かれつつ 今一度女人高野を訪いたしと希める君と今登りゆく 朝霧に室生寺の鐘の音溶け行けり か細く吾を呼ぶ君の声とも 人はみなつまりは無となる定めとぞ草生す藤原宮址語りぬ
小口 勝彦 君 投稿2009/4  ふるさと懐旧  30首 掲示板ページをご覧下さい。
 
身も凍むるアルプス颪受けながら高歯カラカラ裸足の通学
目覚むれば布団の縁に霜のあり吾が吐く息の凍りたるなり             へり
小さき頃胸ほども雪の積もるあり 今は尺にも届かぬという 西山は鋭峰連なる北アルプス 松本平を抱きて聳ゆ ゆったりと丸き山なる高ボッチ 巨人なる意のアイヌ語と聞く 高ボッチ、鉢伏山から美ヶ原 東に連なる山は優しき 富士を望む塩尻峠は分水嶺 北は日本海に 南は太平洋に
中山道第三十宿の塩尻は「これより木曽路」と臍固むる地                                  ほぞ
日本海より塩運び来し終着はその名も塩尻 吾のふるさと
本州を真っ二つにするフォッサマグナ 「塩の道」はその上にあり                           ソルトロード
敵なれど領民哀れと謙信が送りし塩もこの道を往く 馬も人も無事に過ぎよと石仏塩の道辺にあまた微笑む 姫川の疾き流れに道は沿う 谷に落ちたる牛馬も多しと
糸魚川より三十余里の松本へ「塩の道」なる千国街道                                ちくにかいどう
牛の背に塩俵積み悠々と日本海より信濃に向かう
郷里出でし民の縁は県歌にて集いの締めに「信濃の国」歌う           よすが
信州弁「ずら」など今や消えゆくもイントネーションに信濃が香る 十七に東京の光眩しかり 還暦過ぐればふるさと眩し 束縛を厭いて出郷せしたるか半世紀過ぎ記憶の彼方に
コンテストに桔梗ヶ原の五一ワイン最優秀賞と聞くは嬉しき                 ごいち
その昔玄蕃狐の闊歩せる桔梗ヶ原いまブドウの里に 「お年取り」御節や魚みな並べ飲みかつ喰うが信濃の祝い 鰤刺しに鰤の照り焼き鰤大根お雑煮にも入れ鰤尽くしなる
鰤買うに一尾か半身か四半身かその家の景気の窺い知れり                          や
年越しの祝いの魚は鰤なりき能登鰤あまた魚屋に並ぶ 大晦日この一年の無事祝い家族集まり「お年取り」する 駅に続く「塩尻銀座」もシャッター通り街灯のみが大仰に並ぶ 駅前の広場も駅舎も遊び場なりきいまや小さく小さくなりぬ 鉄道の時代中央本線の分岐塩尻駅賑わえり 朝夕の汽車通学の窓に見る穂高連峰厳父でありき
                  
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