第2節 プレーヤーとして チームとして

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2005/5/4 (Wed)  ポジションを他の事に例えるなら

 野球で一塁にランナーが出ると、ピッチャーは最大パワーとスピードで投げられるワインドアップをとれず、ランナーに素早く牽制球を投げられるセットポジションをとらざるを得なくなる。当然バッターに投げるボールの威力は落ちる。守備側はけっこう不利な状況なわけだ。そんな中で一塁ランナーが「リーリーリー」と一塁からリードをとりながらピッチャーを揺さぶるもんだから、心理的にも不利になる。もし一塁ランナーがリードを取らずバッターが打ってから走り出すなら、ピッチャーや守備の選手からは全く恐くない。
サッカーで考えれば、ボールが出てから動き出すトップ・トップ下は、ディフェンスからすれば全く恐くない。トップ・トップ下の選手は一塁ランナーのように、相手の守備を揺さぶる駆け引きを、ボールが出る前から仕掛けることが望まれるのだ。

 野生動物たちは、その生息地の中でも季節や乾季・雨季などのシーズンによってテリトリーを変化させる。生きていくために少しでも食料が多い場所に移動する。バッファローの大移動は有名だ。良いテリトリーを確保できれば、その群れは安泰なのだ。
サッカーでは、バイタルエリアだけでなく、陣地をいかに奪い優位にしていくかがウィングも含めたミッドフィルダーの役割となる。自チームにボールがあるときは、草食動物のように研ぎ澄まされた目と耳と勘で、チームのエリアを線・面で押し上げる。相手チームにボールがあるときはしなやかな肉食動物のようにボールを奪い返しに行くのだ。ミッドフィルダーが冬眠してしまい陣取りができなくなれば、その試合は勝てない。

 技師は故障箇所を修理することより、故障などのトラブルを発生させないための、定期的な点検作業の方が重要な仕事である。交通量の多い昼間より夜間の一斉点検、サーバーの深夜メンテナンスなど、我々の知らない間に働き我々の安全を守ってくれているのである。
サッカーで言えば、ボールのない時のディフェンダーによるスペースやマーク等の点検は、相手のシュートを未然に防ぐために重要な作業となる。ボールが相手に渡りピンチに陥ろうとしていても、事前のチェックができていて心や体制の準備できていれば、アプローチやマークで相手に自由な展開をさせず、シュートを許さない。「もぐらたたきゲーム」に近い素早い点検・修理を連続させる必要がある。

 デュエルマスターズや遊戯王などのカードゲームでは、攻守の切り替え場面を中心に、相手の戦術を読み次の手・先の手を考えながら、自分のモンスターカードや特殊な効果を発揮させるカードを場に出しゲームを構築していくのがプレーヤー。
このプレーヤーをサッカーで考えれば、ゴールキーパーが当てはまる。チームの仲間個々が持つ攻撃力・守備力・特殊能力を把握し、最後尾でゲームの展開を分析しながら、戦術や動作の修正・指示を出すことにより、効率的にその能力を引き出してあげるのだ。相手チームのシュートは、カードゲームで言う「シールドゼロ」や「相手プレーヤーへのダイレクトアタック」といった状態で放たれる。しかしゴールキーパーがキャッチすれば、チームのライフポイントは減らない。それどころかそこから自分達の攻撃が開始するのである。

 それぞれポジションによる主要な役割はあるが、のりしろを広くとり、コミニュケーションを図って互いの役割をフォローしあうことで、ピッチ全体に隙間なくチームのオーラが行き届くのである。
大事なのは、どのポジションであってもボールを追いかけて動くのではなく、攻撃の場合はその動きをボールが追いかけてくるような、守備の場合はボールが来る場所で待ちかまえていられるような展開にしていくことである。
プロの試合を見て学ぼう!

2005/5/3 (Tue)  エール

仕事があがってから、アローカップ遠征で家に誰もいないのをいいことに愛息の1歳から2歳頃のビデオを見てみた。その仕草・言葉・行動の、愛おしさ・切なさに涙が止まらなくなってしまった。
確かに私たちは親子だったのである。よくここまで育ってくれたんだとあらためて思った。

考えてみれば、チームの子もそうだが、長い子ですでに人生の半分をサッカーと歩んできたことになる。
今のムスコたちを見ていると、自分からどんどん離れていってしまう気がしてしかたがない。とっても寂しい。
こんな気持ちは私は初めてだ。先輩のママパパは通ってきた路だと思う。
皆いつまで1zuパパのことを覚えていてくれるかな?私はいつまでも君たちを応援しています。

みんな、でっかくなったよ! 上手になったよ! 
自分を信じて、自分に負けずに自分のサッカーをコーチと共に貫き通してくれ!

君たちのサッカーは完全に親を超えたんだ。本当だよ!
いずれその切なさに気付くかもしれない。
でも、でも忘れないでいて欲しい。個々によって違いはあるかもしれないけど、
今の君たち、そして君たちの未来ががあるのは、
お母さんから生まれ、お父さんから愛され、爺ちゃん婆ちゃんから愛され、親戚、近所、学校の仲間、クラスメイト、サッカーの仲間、その他大勢に支えられて12年の人生を歩み、これからも社会の中で生きていけるからであることを!
何より、コーチを含め、今のチームの仲間と人生の半分以上を過ごしてきた中で、自分自身で力をつけてきたことを!

ari0000の加速を忘れない!
yu8のヘッドを忘れない!
0kaのパワーを忘れない!
ko8のルックアップを忘れない!
taka1の判断を忘れない!
kobaのオーバーラップを忘れない!
4shiのドリブルを忘れない
1zuのファーストタッチを忘れない!
fu9のスライディングを忘れない!
ken10のクロスを忘れない!
moto1のカバーリングを忘れない!
2basaのリズムを忘れない!
8naのスペースを忘れない!
8maのボールコントロールを忘れない!
Capのファイトを忘れない!
ka10kiのスピードを忘れない
yu5の動き出しを忘れない!
0のタイミングを忘れない!
4shiyaのボディバランスを忘れない!

他のありとあらゆる面でも力をつけてきたぞ!でも皆まだまだ伸びるぞ!
残りの期間、君たちのベストを、お袋や親父に見せ付けてください。

行くぜ! 全国!

2005/4/24 (Son)  新生

中電夢気球杯で区切りをつけて、新しいスタートを切った我がチーム。
全日本予選に向けて真剣モードに入ります。
このチームでの期間も残りわずか。「一生のうちで本当に真剣になれる場面」はそうはありませんが、今がその時だと思います。
「真剣に取り組み十分に力を発揮した」ときに「楽しくサッカーできた」という評価になります。

一つ気をつけて欲しいのは「怪我をしないこと」です。サッカーの練習中や試合中の予測できないハプニングによる怪我はやむを得ませんが、それ以外の場面で怪我をしないように自ら心がけましょう。チームの力が上がって来ても、スタメン・サブ・サポートのプレーヤーに怪我があると、チームの不安材料となってしまいます。

怪我をしないためにも、オンザピッチ&オフザピッチで「サッカーのために」を意識し、規則正しい生活を送り、バランスのとれた食事をとれるよう、親のサポートが重要となります。
「サッカーで勝つために野菜も食え!」です。
実際に野菜は集中力の持続・炭水化物はエネルギー・タンパク質は身体づくり・カルシウムは骨格づくりに役立ちます。
チーム一丸となって頑張りましょう!

話は変りますが、1zuが受けた一発退場レッドカードについて、チームの仲間・コーチ陣・サポーターの皆様に多大なる配慮をいただいたようで感謝します。
特に少年サッカーの審判はインストラクターでもありますから、公正なジャッジをしてくださった審判の方にも感謝です。苦しいときこそフェアプレーで頑張らなければならないことを1zuは学んだと思います。

2005/4/22 (Fri)  貴重なビデオありがとうございました。

fu9パパに借りた高崎FC片岡杯3位決定戦と決勝戦のビデオを観た。

3決では緑のユニフォームのチームが印象に残った。1対1が強い。大事なのは相手に競り勝つための1対1で終わっていないこと。その先の仲間のプレーにつなげるために今の1対1に負けないんだという意識を感じた。チームのための個である。サッカーをよくわかっていないとできないことだ。
決勝戦は黄色のチームが何気に良かった。足元が強い。これもチームのための個人技である。サッカーをよくわかっている。対戦チーム赤の10番はちょっと巧そうだが、チームで守る黄色の組織力を崩すほどの力はまだないのか、ややイライラしてたみたい。ストロングポイントがはっきりしているチームは攻略しやすいものだ。赤の10番に戦い方を変化させる柔軟性があれば流れは変わったかもしれない。
チーム名はわからないが、緑と黄色のチームからは学ぶことがあると思う。

個々の能力を1から10までとしてみよう。
イレブンのうち10の力のプレーヤーが3人で残り8人のプレーヤーが6の力だとするとチームの総合力は78。これをAチームとしよう。
対するBチームは11人全員が7の力で総合力は77。
AチームとBチームが対戦すれば必ずBチームが勝つだろう。サッカーとはそういうものだ。

我が子たちのチームはどちらかと言えばBチームだと思う。
個々の力は7〜8で総合力を80に例えたとすると、県外の強豪チームは多分個々の力が8〜9で総合力が90、現段階ではチームの総合力で10離されている。しかし一人1ポイント高まれば十分闘えるいうことになる。
ではどんな1ポイントを高めるのか。それは個々の持ち味を伸ばしてもいいし基本を高めてもいいだろう。
ただ、絶対に忘れてはならないのは「チームのために生かす力として高めないと意味がない」ということである。自らこのことを意識できれば、きっともっとサッカーが巧くなる。
ムスコらが、卒団までの間に「サッカープレーヤー」としてどのくらい成長するか楽しみである。

(例えばノジマ電気やパン屋のフォルツァでの営業、他にも専業主婦含め働くお母さん、そしてお父さんも、全ての人がその仕事を通して「社会」というチームに貢献しているのであーる。)

2005/4/12 (Tue)  12人目のプライド

新年度人事の関係でサッカーチームを離れることになった。
ここ数ヶ月の自分のチームの成長ぶりを見ていると、安心して任せられると思う。

離れるからこそ言えるのは、どのチームも、プレーヤー・指導者・保護者のトライアングルの信頼関係・バランスが本当に大切だということ。
プレーヤー⇔指導者 指導者⇔保護者 保護者⇔プレーヤー、この三つの関係の全てが「チームのために」という意識を持つことで、そのチームは高まっていける。
(もちろんプレーヤー同士・指導者同士・保護者同士の関係も重要だろう)
自分のチームが高まってきたのは、このトライアングルが鋼の強さを持っているからだ。

サポーターはチームの悪口を言わない。サポーターはプレーヤーを激励する。サポーターは監督やコーチを尊重する。なぜならサポーターは自らがチームスタッフとしての誇りを持っているから。
サポーターを「12人目の選手」に例えることは多いが、プロではない少年団では、まさに保護者がサポーターであり12人目のプレーヤーだと言える。

全日本の県予選に向けて大切な時期だ。
サッカーに対する考え方は人それぞれだが、今は「チーム」として互いに支えあい、築き上げてきた信頼関係をさらに強固にしていくべき時期である。さらには卒団するまでチームの結束力をより高めて行きたい。

私も自分にできる限り、一人のサポーターとして今まで以上にチームに貢献していきたい。
18人のムスコの笑顔のためにね。

2005/4/9 (Sat)  モノハイイヨウ・イイカタシダイ

十人十色とか三人寄れば文殊の知恵などと言うように、人それぞれいろんな考え方はあるし、物事に対して批判的な考え方を持つことは悪いことではない。
批判は、その根本に感謝の気持ちがあって、相手や物事の尊厳を受け止め、尊重し、建設的で前向きな姿勢から生まれるからだ。
そういう気持ちがあって出てくる批判や意見なら、相手の人格を否定するような言葉にはならないだろう。だが「これが正論だから」「世の中そういうものだから」だけで言ってしまえば、それは「モラルハラスメント」になってしまい、目の前の仲間の尊厳を無視していると思われても仕方ないだろう。

批判は「仲間の輪」と「社会の和」があって初めて可能になるが、それを飛び越した否定は無責任になってしまう。たとえ正論であっても否定の言葉には愛情が感じられないのである。コミニュケーションは互いに歩み寄るためにあるのだが、どんなにオープンマインドの場でも、第一声が否定でスタートすると、その後の展開はなかなか好転しない。

サッカーは人間が行うもの。プレーヤーも人間だし保護者というサポーターも人間。そこにある輪と和は尊重したいものである。愛情が感じられない否定コーチング(発言)・尊厳無視コーチング(発言)は、プレーヤーやチームの全否定にしかならないので、感謝の気持ちと愛情ある言葉で建設的に発言し、自分の一言がチームをただ否定してしまうことがないよう気をつけようと思う。

2005/3/26 (Sat)  「one for all & all for one 」

愛用していた携帯電話が壊れてしまった。泥地面でスタックした自分の車を救い出そうとしてアタフタしているときに何かあったかもしれない。ショップで見てもらったが基盤がいかれてしまったようである。
色も形も気に入っていたし、着メロ・着うた・キャラ電・モーション・ゲーム・画面メモ等のダウンロード通信料がけっこうかかっているのに、一発でパァである。トホホ。

仕方なく買うことにした。(妻の快諾は得られた。)

電話帳データはバックアップをとってあるので自分でリストアしたいし、本体が壊れてもバッテリーが流用できるので、同じ製造メーカーの携帯を選ぶことにした。最新式ではないがタッチパネル機能やBluetoothという無線連携機能がついているのものを買った。

環境を以前と同じにするのは同じメーカーなので簡単だったし使い方で迷うこともなかった。それより、使い始めてビックリしたのはタッチパネルやBluetoothが本当に便利なことである。あと、ちょっと手間をかければminiSDカードを活用して音楽再生もできた。ヘッドホンで音楽を楽しむなんて数年ぶりだが、あまりの心地よさについうとうとしてしまったほどである。機能を増やす裏技は他にもまだあるようだ。なんでもありの携帯電話になった。
逆に、多機能な分大きくて重かったり、カメラの画素数は低いなど突出した性能が与えられていなかったりして、デメリットを感じる部分もあった。

高性能と多機能を両立させるのは難しいものだと思った。どっちがいいかは好みの問題だね。

サッカーも同じで、一芸に秀でる(高性能)プレーヤーもいればマルチ(多機能)なプレーヤーもいる。その両方を兼ね備えハートまで良いプレーヤーは、県内の、特にU-12にはまずいないと思う。でもそれはそれでよい。なぜなら、チーム全員が高性能だとかチーム全員が多機能であるなどというのは逆にうまくいかないと思われるからだ。
一人ひとりの特性や個性のバリエーションが様々でも、それが生きるポジションにバランス良く組まれたチームの方が、むしろ確実にチーム力は向上するだろう。
まさにこれが18人のムスコたちのチームなのである。

携帯電話本体の出費と再構築のための通信料はやや痛かったが、おかげで18人の息子たちのチームの良さをあらためて思い返すことができた。

間もなく少年サッカー最後のシーズンは本格化し始める。
18人のムスコたちは、自分の良さをさらに伸ばすことで、もっともっとチームに貢献していけるだろう。

2005/3/21 (Mon)  チームとしての喜び

数年前まで少年週刊誌で連載されアニメにもなったサッカー漫画「ホイッスル!」は、それまでの多くのサッカー漫画とちがって、必殺技や超人的なプレーによる「勝利」がメインに描かれているのではなく「努力」による「成長」がメインテーマであるところがうれしい。

サッカーチームである以上、サッカーの試合での勝利は喜ばしいことである。でも、オフザピッチの行動・チームのまとまりの良さは、勝利の喜びと別の次元で、人としての成長する喜びを実感できる場面である。

今回の自分のチームの遠征でそのことを確信した。
朝早くの集合、バス内、会場到着時の本部やグランドへの挨拶、試合でのフェアプレー精神、会場使用状態、宿舎での挨拶・行動、二日目の起床・集合、会場本部・グランドへのお礼の挨拶、その他様々な場面で、完璧ではないにしても、チームとしての成長やまとまりの良さを、選手たちが随所で自ら発揮してくれていた。自立したチームだと素直に喜べた。

1日目試合終了後に会場本部の方が「今日の参加チームで最もマナーが良い」と評価してくださったこと。
宿舎での設定された集合時間前に顔ぶれを見てそろっていない仲間を心配し自ら部屋に連絡を取っている姿。(これってコーチングだよね)
試合で発揮できなかった力・課題点を自分達で真剣に話し合い次の試合で見事に修正していたこと。
点差が開いても腐らず今日の結果より未来につなげるためにたすぐに互いに修正しあい励ましあっている姿。

チームのメンバー全員が、チームを愛し、サッカーを愛し、サッカーを通した自分の成長を大切に考えているのだ。これぞチームである。
正直、今回の遠征で勝った試合はない。しかし「このチームは素晴らしい」というこの上ない喜びを感じることができたのである。だからチームの可能性は広がった。必ずもっと強くなると思った。

オフザピッチの力を高めることがチームの力を高めるということについて、頭ではわかっていても具体的な姿では見えにくい。しかし、18人のムスコのチームだけでなく、こんなにも素晴らしいチームに関われたことを誇りに思う。

2005/3/12 (Sat)  我を怪しまないと怪我をするのか

 トレーニングの際、ミニゲームのキーパーをしていたが、ゴール前のクロスボールを取りに行った時に相手チームのプレーヤー(大人)と接触した。ボールはキャッチしたものの相手の肩のトガッた部分が胸の中央にグッと入った。痛かった。打った直後の痛みだと思い、その後もゲームは続けた。
 家に帰ってから、ただの打ち身ではないと思った。咳しても痛い・食べても痛い・笑っても痛い・喋っても痛い・・・・。
 整形外科に行ったら、肋骨の軟骨にヒビが入っているそうだ。おかげで2日間家で安静。遠出の運転禁止(実際ハンドル操作が痛い)。入浴ではなくシャワー。「薄皮がはがれるように痛みが引いていく」そうである。やれやれ。

 実はアップをろくろくしないでゲームに出ていたので、身体のキレが悪かったのかもしれない。スポーツと怪我は隣り合わせであることを甘く見ていた。準備体操やストレッチやアップ・ダウンの重要性を、身をもって再認識した。

 サッカーに限らず、「準備」と名のつくことは、全て大切にしましょう。

2005/3/7 (Mon)  プレーヤーとしての心構え

ジュニアユース対象のクリニックで配布された「JFAナショナルトレセンコーチからのメッセージ」について、以前掲示板に少し書いたこと2004/8/82004/8/28よりもう少し詳しく転記したいと思う。
以下はトレセンの観点だが、全てのサッカープレーヤーに求められていることでもある。全てのことを一度にこなすのは難しいが、全てのことを多少なりとも意識することはすぐにでもできるだろう。18人の息子たちの可能性に期待したい。

 1.世界で闘うために
※ボールを止める・蹴るといった基本プレーを大切にしよう。そしていつも自分で考えながら失敗を恐れずにプレーしよう。
※疲れを残さないために休むときはしっかり休み、十分睡眠をとり、食べるときには食べて、トレーニングするときは思い切りトレーニングしよう。メリハリのある良い生活習慣を身につけ、自分のことは自分でできるようになろう。
※すばらしいスキルを持っていてもすぐにバテてしまえばバランスを崩し力負けしてしまう。体力を支える食事・栄養をしっかりとり、特に朝食は毎日とり、好き嫌いなく食べて「身体づくり」をしよう。
※自チーム・相手チーム・レフェリーがいてゲームが成り立つ。互いに「尊重しあう」フェアプレーの精神を持ち、サッカーの価値を高めよう。

 2.「判断」→「サッカー」をしよう
※オンザピッチでは、観る→判断&技術を発揮しパーフェクトスキルを高めクリエイティブなプレーをする。
※オフザピッチでは以下の生活習慣5ヶ条を守ることで自己管理の力を高める。
 1.自分の物の管理に責任を持とう
 2.ルールを守ろう
 3.あいさつをしよう
 4.サッカープレーヤーとして何をすべきかいつも考えよう
 5.何事も積極的に!前向きに!
※闘う姿勢や勝利への闘志・Be Alert!・向上心やプライドを持って、勝利のためのメンタリティを築く。
※上記3つから、よい習慣(Good Habit)の追求「基本の習慣化」を図る。判断力は日常生活でも高められる。

 3.トレセン選考の観点
※U−12は、判断と同時に感覚的な能力が問われる年代。局面を一人で打開できる能力など、この年代では特に総合力よりも個々の特徴に目を向けたい。また、課題が改善されていった将来像を念頭において、いろいろな物差しで評価していきたい。
※U−14は、感覚的なサッカーから一歩進んで、状況を観て判断する能力が問われる年代。プレーヤー個々の特徴、将来像に注目しながら、それを支えるベースにも目を向けたい。また、スピード(判断・プレー・走る)、理解力(戦術・ポジションの特性など)、最後まで諦めない闘争心も評価していきたい。
※U−16は、勝利を目指す上で必要な、総合的な能力が問われる直前の年代。また、各ポジションのスペシャリストの発掘、さらにゲームの勝敗に影響を与える武器(決定的な仕事ができる能力)も評価していきたい。

上記中の「プライド」とは、「自分はサッカープレーヤーである」というプライドであって、「あいつには負けない」「俺には俺のやり方がある」といった個人的な感情や主張のことではない。全てのサッカープレーヤー共通のプライドである。
プライドと気位は別のものなのだ。
一流プレーヤーが身につけたプライドは、サッカーを紳士・淑女のスポーツと言わしめる神々しさを感じさせる。
例えばベッカムさん。以前は試合中の報復行為により一発退場レッドカードをくらい、国中から批判を浴びてしまったが、今ではスーパープレーヤーでありながら驕ることなく、オフザピッチの行動も皆の手本となる紳士になった。ロッカールームで監督が暴れて目頭を切った時も、監督の悪口は言わなかった。
こういった真摯な姿勢を感じさせる「プライド」を持って欲しい。
審判に抗議する・悪態をつく・やたらと相手のファールをアピールするなんてことは、サッカープレーヤーとしてのプライドを感じさせない行為なのである。

18人の息子たちはまだまだ若いので、このプライドを真に理解するのはもう少し先かもしれない。しかし、サッカーを好きでサッカーを大切にする気持ちがあれば、おのずと行動に表れるだろう。

Aチームとしての誇りを持て!

2005/3/6 (Sun)  閉校式 そして開校式へ

グランド状態が良くないのでサッカーの閉校式トーナメントが中止になった。そこで総合体育館で行われたバスケットボールの閉校式を、娘のお迎えがてら見てきた。

サッカーに比べチームや競技人口は少ないが、我がSSSに一時在籍していた2ttaくんを含め、5年の知ってる子のバスケットマンぶりも見れてけっこう感動した。サッカー以外の子たちも頑張ってるなぁ。

寿小や芳川小などの子たちが所属する「南部男子」は「菅野」と学年割のクォーターで対戦し、十点差以上のビハインドをはね返して勝利を収めた。ベンチ・観客席の声援も試合中から励ます声でいっぱいだった。
「南部女子」は「筑摩」にトリプルスコアで敗れた。うーん、残念。

「南部男子」は、フリースロー大会でも優勝(準優勝かな)しており、試合の様子を見ていても個々のスキルがしっかりしている感じがした。基礎が大事なのはどんなスポーツも同じだと再認識した。「南部女子」は相手チームよりミスが多かったしハートも押され気味だった。しかしそれは計算のうちだろう。なぜなら「南部女子」は学年が上がるたびに加速度がついて成長していくという話を聞いたことがあるからだ。低学年はともかく高学年の悔しそうな顔を見ていると、負けることにも大きな意義があるんだということを改めて学んだ。

閉校式ということもあって、どのチームも6年の親は熱いまなざしで試合を観戦していた。卒団の感慨ひとしおであろう。私も閉校式での皆の礼に惜しみない拍手を送った。

総合体育館に掲示されていた「(合併による)新しい松本市まであと○○日」というポスターを思い出し、拍手を送りながらふと、来年我が子たちが卒団する時には、さらに多くのチームが集っているのかな、なんて思った。
春が楽しみである。

2005/3/5 (Sat)  水面下

 今シーズン、ジュニアユースは激動の年になるかもしれない。
来シーズンにはその年代になる18人の息子たちのことを思うと、今年のジュニアユースの動向から目が離せなくなるだろう。

 一つは、松本周辺でクラブジュニアユースの数が増えること。
他地区ならまだしも松本でフォルツァや山雅、塩尻でアンテロープも名乗りをあげ、サンチルも人数がそろう以上、今後少なからずプレーヤーは分散するのではないだろうか。アーザ・セダックが頂点でそれを追いかけるその他のクラブや部活、といったここ数年の中信地区の勢力図が少しずつ変動していく可能性もある。
アーザ・セダックはユースチームを持たないので、ユースや社会人チームを持つフォルツァ・山雅や、アンテロープ及びアンテロープとつながりの深い松島に対抗するには、結果を出すための努力が今まで以上に必要にだろう。セレクションやスカウトにさらに力を入れるかもしれない。
社会人北信越リーグ1部昇格したとは言え、ジュニア・ジュニアユース・ユースを一気に立ち上げようとしているアンテロープは、軌道に乗るまで時間がかかるだろう。
北信越リーグ1部昇格で遅れをとった山雅は、下部組織の強化を図る求心力維持のために、社会人がアルウィンプロジェクトに名前負けしない結果を出さなければならないだろう。
フォルツァは今シーズンは中1主体なので忍耐の年になるだろう。
中学の部活は人員確保が大きな課題になるだろう。(特に塩尻)
 どこも頑張れ!

 一つは、オトナの権力争いが混沌としていること。
松本周辺のサッカーは一部の巨匠が動かしているという声をよく聞く。それぞれ情熱と高い意識を持って真剣に取り組んでいるのは知っている。
しかし、どこも自分のチームを守る・強化することばかりが目立ってしまうの今の状況、はたから「プレーヤーズファーストではない」と言われてまう状況を打破するためにも、カンファレンス等の場でディスカッションするなどして、互いに切磋琢磨することで地元のサッカーレベル向上を目指していることをもっとアピールして欲しい。
 もしかしたら本当にクラブ戦国時代なのか?

 中学の部活は通学区で決まるがクラブは増えたし、子どもからしてみれば「選べる」時代である。
 セレクションで生き残りその後のスタメン争いにも勝つ自信があるならアーザ、不屈の闘志と自分自身と闘い続けられる熱い心があるならセダック、名門の伝統と巨匠の指導力を期待するなら松島、フロンティアスピリッツに溢れ未来を切り開く夢があるならフォルツァ、アルウィンのブランドイメージとサポーターの連帯感に魅力を感じるなら山雅、社会人チームの実績と地域の総合スポーツクラブ化を目指す理念を重んじるならアンテロープ、生活リズムと密着しオフザピッチでも友情を深めていくなら筑中サッカー部・・・・・どこも魅力的だ。
(1zuパパの勝手な見方なので失礼があったらごめんなさい)
 クラブチームは生き残りをかけて頑張っているのに不謹慎かもしれないが、練習時間や内容が自分に合ってる・練習場所に家が近い・試合にすぐ出れる・ユニフォームがかっこいい等々、自分らしいサッカーの場所を、広い視野で探せる1年間になるだろう。

 素晴らしい友情で結ばれた18人が様々なチームに分散しライバルとなって熱戦を繰り広げる・・・・そんなワクワクする光景を見てみたいと思う。
オエライサン以上に選手たちが自ら互いにこの地域のレベル向上を図っていく方がきっとカッコいい。その中心に18人の息子たちがいるといいなぁなんて思ってしまう。
 
おーっと、その前に!

 18人の息子たちは、SSSで力を出し切ることを大切にしたい。
まずは、全日本を勝ち抜くという目標を見失わないように気をつけたい。
6年生になれば家庭の事情を含めて選択する眼はある。進路を選ぶのは子ども自身だ。サッカーを続けるにしても他の道を選ぶにしても、未来への夢を抱きながら、1年間、今の自分達のチームで全力を尽くして頑張ってほしい。

2005/2/20 (Sun)  DREAM〜夢があるから強くなる〜 by JFA

「世界基準」という言葉が審判講習会で出てくるとは思わなかった。30分の講演だが学ぶことはいっぱいあった。日本のサッカーを世界で勝てるサッカーにするために、トレーニングもマッチも、そしてレフリングも世界基準で行おう、「どうせナガノケン」という意識を捨て長野県だからこそ世界基準で取り組もう、という提起があった。サッカーは世界共通ルールで行われているハズなので、ここでいう世界基準とは人物や行為のレベルを言っている。
 
 簡単にまとめてみた。↓

『世界大会に出るプレーヤーは「ゴールを奪う・ゴールを守る」というサッカーの本質を大切にしており、倒れても・倒されても立ち上がろうとすることが多い。自分が倒れていることはチームにとって不利であることを知っているからだ。そしてファールなど何か不利なことがあっても笛が鳴るまでプレーをやめない。
日本のプレーヤーは、やたらと転んで相手のファールをアピールする。やたらと「マイボー」と言う。個の力がないから「ルール」を逆手にとって勝てても「サッカー」そのもので勝てない。
日本代表チームの得点能力の弱さはここからきているのかもしれない。
日本サッカー、今のゴールデンエイジ世代に求められているのは「強い個」である。マリーシアなど跳ね返す強いプレーができる個人の育成が望まれる。
レフリーも育成の視点で行いたい。』

 ↑おおまかにいうとこんな感じだったと思う。

私は「強い個」とは「強い心」と解釈した。
当然テクニック・スピード・パワーなど目に見える力も大切だろう。だがそれは武器でしかない。最後にモノを言うのは、やっぱハートだよね。ハートの強いプレーヤーはスキルも自ら高めていけるだろう。

息子のチームは、個々の力でみると、はっきり言って突出した力の持ち主はいない。どの子も良さはあるものの弱点も多い。それでも、個の能力で優れたプレーヤーが多いチームに試合で勝てるのは、個々ではなく、チームが一つの生き物になれる「負けない気持ち」を、皆が持っていて皆で分け合っていられるから。
これは「強い個」と逆行してるかのようだがそうではない。

上にも書いたが、世界基準の「強い個」は、自分が倒れることでチームの戦力を落とすくらいならファールされても闘い続けるのだ。
自分のためでなくチームのためにサッカーするハートを持てる人間でなければ「強い個」にはなれないのだ。

だから息子のチームは、個々のハートは松本市水準なのに、チームとしてのハートは世界基準にあると言える。素直にそう思う。
1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1+1=18
でしかないのに、1×18=∞ なのだ。
これってすごいことだと思う。

ただこれは両刃の剣だ。チームの気持ちがまとまれば無敵の力を発揮する可能性はある。しかし、チームの気持ちがまとまらなければ、もともと突出した選手がいないので戦力は極端に落ちる。勝ち負けがどうこうではなく、気持ちがない状態でサッカーしても楽しくないでしょう。

18人のムスコたちには、世界基準のハートをずっと持ち続けてほしい。そのハートをいつかは個のハートにして、卒団してどんなチームに行っても強い個でいられるようになってほしい。

2005/2/16 (Wed)  バックアップ

数年前の大手保険会社のコマーシャルで、「バックアップ」を謳い、サッカーのゴールキーパーが届かなかったボールをディフェンダーがヘディングでクリアするシーンがあった。個人的には感動したものだった。

4年使った自分のノートパソコンがいよいよ調子が悪くなり、起動するたびに「ハードディスクを交換しなさい」と英語で指示が出るようになってしまった。いつ壊れてもおかしくない状態ということだ。
家のデスクトップパソコンも自分のノートパソコンも、調子が悪くなってくると購入時に付属してくる「リカバリCD」を使って工場出荷状態に戻すことは今まで数回行ってきた。その度にインターネットや電子メール環境の再構築や、パソコン購入後にインストールしたソフトを再インストールするなど大変な作業を行わなければならない。始めの頃は、写真や文書・インターネットのブックマーク・電子メール・アドレス帳など、必要なデータの「バックアップ」を取らずに工場出荷状態に戻してしまったこともあり、けっこうヘコんだこともある。

今回はそれらの経験を生かして、思い切ってハードディスクの交換にチャレンジしてみた。メーカーの修理に出す方が安心だが、自分でやって駄目なら新しいノートパソコンを買っていいと我が家の大蔵省が言ってくれたからできる冒険だった。

いざ家電屋に行ってみると、一頃に比べてパソコンパーツのコーナーがかなり縮小されていることに気が付いた。昨今のIT業界の業績不振も関係しているのだろう。パソコンをカスタマイズするユーザーはごく一部だろうし、メーカーとしても自社完成製品を売りたいのはよくわかる。実際自分のノートパソコンに合うハードディスクは、数件まわってたったの1種類、しかも在庫2つという有様だった。まぁ、あっただけ儲け物かもしれない。

ハードディスクの換装作業はそう大した手間ではなく「こんなものか」という程度だったが、そこから先が大変だった。4年も使っていると、基本OSや内蔵ソフト・後付ソフト・周辺機器のドライバなどをかなりアップデート・バージョンアップしているので、その状態まで戻すのにはまるまる1日かかる作業を行わなければならなかった。その苦労も甲斐あって、1万5千円でノートパソコンの寿命を2年は延ばすことができたと思う。

余談だが、ハードディスクはパソコンの「心臓」だと思う。記憶領域もあるので「脳」に近い働きもあるが、実際にパソコン作業の処理を判断し伝達するのは「CPU」と呼ばれる部分で、こちらの方が「脳」と呼ぶにふさわしいと思う。ではハードディスクの記憶領域は何か。人間でいうところの「身体で覚える」といった部分ではないだろうか。「経験値」ってやつね。

今回の作業をしていて改めて気付いたことがある。

今のパソコンってありとあらゆることができる。すげぇと思う。
でも、ハードディスクなどの部品が調子悪ければその力を発揮しきれなくなってしまう。
また、パソコン自体はものすごく高性能でも、結局は周辺機器の助けを借りないと何にもできないのである。
具体的には、どんなにすばらしい文書を作ってもプリンタがなければ印刷できない。どんなにすばらしいプレゼンテーションを作ってもプロジェクターがなければ投映できない。電子メールの送受信もインターネットの接続もプロバイダと契約しなければできない。その他様々なソフトを使うためにはインプットやアウトプットがなければやっていけない。

パソコンを人間に例えてみよう。
パソコンくんが天狗になって周辺機器くんたちや環境を馬鹿にしていると、結局孤立してしまい、その力を発揮する場を失ってしまう。生きていくため・力を発揮するためには、社会の中で豊かなコミニュケーションをはかっていかなければならない。自分を取り囲む様々なことに感謝する気持ちは大切なのである。さらに自己管理も大切である。感謝の気持ちを持つことができれば、困ったときや辛いときなどに、きっと誰かが「バックアップ」してくれるだろう。

サッカーでは、チームの仲間が互いに信頼し合い支え合うことで「フォロー」「カバー」「コーチング」などのバックアップが自然に行われるようになっていくと思う。チームワークの原点はここにあると思う。

2005/2/16 (Wed)  ボランティア

先日ボランティアに関する講習会に参加した。そこで学んだことに若干私的な意見を加えて書いてみたい。

ボランティアを行う側と受ける側には4つのパターンがあるということだ。
行う側-受ける側
 (1)○-×
 (2)×-○
 (3)×-×
 (4)○-○
上記の4つは、互いの満足感を示す。
(1)○-×は、受ける側が嬉しくないことを行うもので「自己満足」に過ぎない。よかれと思って行うことも、受ける側によっては嬉しくないということも多々あるらしい。
(2)×-○は、受ける側は嬉しいが行う側は楽しくないという「自己犠牲」。強制的な奉仕活動などはこれに含まれる。
(3)×-×は、お互いに楽しめないもので「不成立」を表す。
(4)○-○が「成立」。お互いに楽しく喜びや成就感・満足感を得られるものである。
ボランティアは当然(4)○-○でなければならない。

ボランティアというと福祉の一分野と思われがちだが、実はそうではなくて、福祉がボランティア活動の一部に含まれるということだ。ボランティアの例を挙げると「あいさつ・福祉・保健医療・環境・教育・人権・芸術文化・スポーツ・国際・消費生活・まちづくり・災害支援・その他生活全般にわたっている」ということ。スポーツと聞くと、え?っと思うが、上級生が下級生にアドバイスする、そんな小さなことにもボランティア精神があるということだ。

当然ボランティアは無償でなければならない。また、行う側が「やってあげる」と上から見てはならないし「やらせていただいてる」と下から見上げるのも今一歩である。状況・立場・年代などを乗り越えて「ともに喜べる」ことが真のボランティアなのである。身体的に弱っていたり支えが必要である人・人々・物・環境などに対して行う場合であっても、ボランティアの向かう方向は、その場の充実だけではなくて、そのことを通して社会を豊かにしていくことが目的であることを忘れてはならない。

サッカーの練習・試合・応援の中でも、特にプレーヤー間において「○-○成立」というプレーが多くできれば、その練習・試合は豊かなものになっていくのだろう。それは得点場面だけではない。トップレベルのプレーヤーがいい判断・ゲームメイク・プレーの後に互いに目を見合わせ「good!」のサインを出し合っているのをよく見るが、そういうことなんだろうなと思う。
コーチングや応援も同様だろう。○-○でありたい。

息子のチームや自分が指導しているチームの子に対して、私にはそういう視点が不足していたと思い反省した。(息子のチームのコーチ陣はその辺もしっかりしていて流石だと思う。)
また、自分の審判ぶりを振り返って、その子を育てるためと思って出すファールの判定やカードも、これからはもう少し心が通じ合う出し方を考えてみようと思った。

2005/1/23 (Sun)  適材適所

個々の力のレベルアップは大切であることは言うまでもない。

ただ、個の力は、チームのために生かしてこそ初めて機能するのであり、チームに還元できないなら自己満足にすぎない。自分が巧くなっただけでは、サッカーが巧くなったことにはならない。そこに気づかないと大きな落とし穴にはまっていく。チームの劣勢を人のせいにする。ひどい場合には自分のミスや他との連携のなさを人のせいにする。自分は上手で周りが下手という最大の勘違いに陥るのである。
テクニックがあっても、チームのために使えないならサッカーは下手くそということになる。
テクニックは発展途上であっても、チームのために何かしよう・周囲のプレーに応えて連動しようと努力している人の方がサッカーの可能性を感じる。

自分のプレーが周りを生かし、周りに自分が生かされてこそサッカーなのであって、チームは一つの社会である。

社会生活をしていく上では、人それぞれの「役割」が生じる。それぞれの個性に応じた役割を互いに担っていけば、その社会は円滑に運営されるだろう。
サッカーチームも一つの社会と考えれば、こと試合に関してはやはり役割を担う人材が必要になってくる。
それがポジションである。
オンザピッチで考えれば『個々の力を高めるトレーニング&一人ひとりの個性を生かす試合』といったところか。オフザピッチでの役割もあるが今回は省略する。

「好きこそものの上手なれ」という言葉もあるが、サッカーのポジションは微妙なもので、好きだから向いているとは限らない。その人の個性・得意技などがモノを言うのである。むしろ自分のやりたい場所ではないポジションで任用される人の方が多い。しかし、監督に任用されたポジションや、サブスタートであっても試合への投入時間帯は、自分の現段階での力を このチームで最大限発揮できる「ポジション」なのである。

ジュニアユースや特にジュニア年代からその人のポジションが確定するわけではない。まだまだ発展するのだから、今のポジションを不安に思うことはまったくなく、今のポジションで自分の全てを発揮することが、未来の自分のためになる。
ぶっちゃけ、場所がちがうだけで、どのポジションであろうとキーパーも含めてやることは同じ。ボールを止める・運ぶ・蹴る、それだけ。キーパーは手でキャッチできるというおまけがついてるだけ。

現代サッカーでは、キーパーであろうとフィールドプレーヤー同様の能力が求められる。むしろテクニックとかスピードとかパワーだけでなく、モチベーションやゲームメイクなども含めて、最もトータルバランスに優れ「サッカーが巧い」人がキーパーになるのだと私は思う。 キャッチが巧い人がキーパーになるのではない。キャッチは最終手段。キーパーの最大の役割は、チーム全体(相手にシュートをさせないようなディフェンダーアプローチ・ディフェンスを最小限に抑えるミッドフィルダーの動き・チーム全体の連動を図るフォワードの準備)をコントロールすること。チェスで言えばクイーン。その力がある人がキーパーになれるのだ。だからキーパーができないようじゃ「サッカー」は半人前だと、キーパー出身の自分としては大いにアピールしておこう。あ、ちょっと話が脱線したかな。

日本代表の現監督ジーコさんが、鹿島アントラーズ監督時代(Jリーグスタート時の言葉「日本のサッカーを発展させるために来た」に私は深く感動した)に出した本では、日本中のサッカー少年から寄せられた質問にジーコさん自身が答えている。
「私はディフェンダーをやることが多いのだけれど、フォワードがやりたいです。どうしたらフォワードで使ってもらえるでしょうか。」という質問に対しては次のように答えている。
「あなたがフォワードをやりたいなら監督にアピールするのは自由だ。だが、もしあなたがディフェンダーで使われることが多いなら、あなたはディフェンダーに向いているのかもしれない。」
その力・個性を信頼されてディフェンダーに、ミッドフィルダーに、フォワードに、キーパーに、スーパーサブに起用されているのだ、という深い意味がそこにある。チームのメンバーの中で、あくまで現段階の力・個性を考え、その人に頼れる「役割」を求められてそのポジションがあるのだ。

トレーニングでサッカーに必要な個々の力を高め、試合では個性を生かし、「サッカー」を楽しんでいこう。
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