天武天皇が乱れた日本の国を建て直すときに、古くから日本に伝わっていた教え(古神道)を、信仰として核心に持たなくてはいけないと気づきます。その時信仰を受けた持官職、即ち『神祗官』を定めました。またその長官を『神祗伯』と言います。神祗官は白川家が相伝していったため、白川神道ともいわれます。
この神祗官は、国家神道に取って代わる明治時代に終わりを告げます。そして最後の神祗伯である白川資長(しらかわすけなが)卿が昭和三十六年に帰幽し、白川家は途絶えます。
ところが、伯家神道で伝えられてきた重要な教えは、井上正鐡(いのうえまさかね・1790〜1849)や鬼倉足日公(おにくらたるひこ・1879〜1960)らの精進によって今日に伝えられております。
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