藤森照信に遭遇した日(その2)

前回と同じ745分発の電車に乗って、また茅野に向かう。今日のは一連の企画展関連行事の中でもメインイベント、その名も「物件品評会in茅野」だ。過去の優良物件の紹介や、路上観察学会のメンバーらが自ら歩いて採集した茅野の物件や、一般公募による諏訪地域内の物件品評会などが予定された内容だが、出演メンバーがすごい。ハイレッドセンターや「老人力」、また中古カメラ好きでおなじみの赤瀬川原平、おにぎり頭のイラストレーター南伸坊、マンホールの蓋採集では右に
出るものがいない林丈二、ちくま書房の編集者にして仕掛け人松田哲夫、そしてわれらが藤森照信という、こんな豪華メンバーが本当に茅野くんだり(失礼)に集まるのか?と最初は半信半疑だった。たぶん講演当日になると「○○先生は都合により出演できなくなりました」みたいなことなんじゃ、なんて正直思っていた。会場は、前回は先着300人だったのが今日のは600人で同じく午前9時から整理券配布という。
 駅の自動改札にアセることもなくなって、無事茅野に到着。会場の茅野市美術館に着いて、あっと驚いた。前庭に金色に輝く奇妙な物体が浮かんでいる。驚いた、というのは実はウソ
で、今回の企画展のひとつの目玉、市民参加のワークショップによる藤森作品「空飛ぶ茶室(本人曰く泥舟)」だ。前回来た時はまるで御柱のような支柱だけだったのだが、今日はなんだか上半分が銅板で覆われたクリみたいな形の軽バンくらいのサイズのものが両端をその支柱からワイヤーで吊り下げられて浮かんでいる格好だ。例によって整理券入手のために並びながら見ていると、係の人がハシゴをもってやってきて、物体にさし掛けて、一人が登って中にはいった。もう一人がオレンジ色の花を持ってあとから登り、その花を手渡している。ノウゼンカズラ、そうか、茶室だから茶花なんだ。金色(こんじき)に輝く茶室にオレンジ色のノウゼンカズラ。これ以上の取り合わせは無いかも。

さて、無事整理券を入手。前回は7番、ラッキーセブンだったのだが、はたして今日は何番だろう、7番には間に合ってない感じだし、と手元の券を見ると、13番。なんか縁起悪い。ま
あ、いいや。気にしない。
 それはそうと、今日は本展である「藤森照信展 諏訪の記憶とフジモリ建築」のオープニングの日でもある。展覧会の始まりは午前10時だから、あとすこし待つな、と思ってブラブラしていると、美術館の人が「オープニングセレモニーは10時からです」などと言って忙しそうに

飛び回っている。なるほど、展覧会場の前にセレモニー会場が設定されていて、ゲストが着けるリボンの花がお盆にのせてあったり、そのゲストの名簿なんかも置いてある。ここにいれば開展式が見られるかも、と思っているうちに、なんと今日の主役である路上観察学会のメンバー、すなわち赤瀬川原平、南伸坊、林丈二、松田哲夫の面々が入場してきて、最前列のパイプ椅子に並んで座ったではないか。すぐ目の前の出来事なのだ。ああ、生きてて良かった。それにしても皆さん、髪が真っ白の、ちょっと見は普通のおじいさん達だ。そりゃそうだ、わたしも来年50だ。
 10時になり、藤森照信も加わってオープニングセレモニーが始まった。関係者や藤森照信本人の挨拶があり、路上のメンバーでテープカットも滞りなく完了して、いよいよ展覧会の開催だ。
  思った以上に関係者や来賓が多かったようで、案内に従ってみんなぞろぞろと会場に入っていく。一般客も入ってもいいのかな、だって10時開場だし、いいはずだよね、と都合よく解釈して、もちろん入場料500円を払いつつ、私も入場する。路上観察のメンバーや藤森先生も一緒だ。ドキドキ、ワクワク。展示物よりも、メンバーの動向が気になる。展示はどうせまた後でゆっくり見れるんだし、いっそメンバーに付いて行っちゃおう、と、どんどん会場の奥へ入っていくメンバーに注目していると、これがなぜかノーガードだ。突き当りのコーナーは藤森照信デザインの家具の展示なのだが、多くの入場者は他の展示を熱心に見ているのか、一段高くなっているそのコーナーに上がったのはメンバーとあと数人の入場者のみ。これはチャンス。展示物を撮影している人もたくさんいて、それでも係の人に許可を得てから、カメラを準備する。今日は虎の子の広角だ。

その時、南伸坊が藤森照信作品の籐イスに腰掛けた。うわあ、ドウスル、ドウスル。

「南先生、写真一枚、いいでしょうか。」
「いいですよ。」
あのオニギリ顔でニッコリ。すぐ後ろに林丈二もいる。
「林先生もぜひ。」
南伸坊の腰掛けた籐イスに、林丈二が手をかけて、こちらもニッコリ。
「パシャッ」会心の一撃。
「あ、ありがとうございましたっ。」声が震えている。家宝にしよう。

 さて、藤森先生はどこにいるんだろう。会場の外に出て「空飛ぶ泥船」の下にいる。展覧会場は前庭に面していて、天井まである強化ガラスの壁面を隔てて晴天の外がよく見渡せる。泥舟にハシゴが掛かっているな、と思ってみていると、藤森照信がやおら靴を脱いで登りはじめた。あ、先生、軍足をはいてる。軍足をはいてる建築家なんて聞いたことない。だいたい詰襟みたいな上着を着て、似合わないヒゲをたくわえて文化人然としているイメージ。それが軍足なんて。デモソコガイインデス。
 先生が登った後、ゲストが代わるがわるハシゴを登って茶室に入ってゆく。ゲストは少し経って降りてくるんだけど、先生は茶席の亭主だからずっと登ったまま
だ。一般客は指をくわえてみているほか無い。

展覧会場を出てから後ろを振り返ると、なんとそこには写真撮影お断りの立て札が。そりゃそうだよね、普通は。プレスと間違えられたんだ、きっと。バカデカい広角レンズなんかつけていたからか。大げさな装備が幸いすることもあるんだ。これで三脚持ってたら完璧だったかも。次はカメラマンベストを着ていこうっと。

昼食は、駅ビルでビーフカレーとアイスコーヒー。前回のカレーパンとコーヒー牛乳に比べるとちょっと贅沢だ。今日は欲張って歩き回らずに午後の講演を待つ。
  これから行われる「物件品評会in茅野」は、今回の一連の催し物のうちの一番のメインイベントであるが、一般参加のワークショップで制作された茶室が重要な意味を持つのと同様に、一般公募による諏訪の物件発掘という、もうひとつの市民参加の場が用意されていた。諏訪地方の路上観察物件、すなわち、「アレ、ナンカ変」と心に引っ掛かるものを写真に収めて応募するというもので、茶室制作に参加するのはちょっとムリでも、こちらはなんとかできそうと思い、前回茅野に来た時に採集した物件を郵送済みなのだった。採用されれば今日の講演の中でスライド上映されるのである。送った5件の物件のうち、自分の中では結構自信のある物件もあったので今日の講演はそういう意味でも楽しみなのだ。もし紹介されたらどうしよう、うわ、こまっちゃうな。

講演の時間となり、過去の優良物件「純粋階段」などを紹介するビデオ上映に続いてメン
バーが入場してきた。全員席に着くとやはり壮観だ。こんな茅野くんだりに(またまた失礼)この豪華メンバーが本当に勢ぞろい。疑った私が悪うございました。杉浦日向子がいれば完璧だったのに、それはムリか。合掌。

メンバーが今年の諏訪大社上社の山出しの日に採集した物件が次々にスライド上映され、採集者の解説に加えて各メンバーがお互いに品評しあうという、この上無く贅沢な構成で講演は進む。それぞれ目のつけどころや関心のある事柄が違って、カラーが出るのが面白い。けっこう厳しい批評もズバズバ出てきて、でも大人同士、お互いを認め合う同士の遠慮も感じられて

いやあ、楽しかったです。いいなあ、茅野市は。こんな贅沢な企画が出来て。うちの近くでもやってくれないかな。
  さていよいよ一般公募物件の品評に移る。物件としての内容もさることながら、写真のレベルもものすごく高くて、圧倒された。あ、こりゃかなわないな。諏訪一円から面白いもの、ちょっと畏いもの、どうしてこうなったか分からないものなど、次々と紹介されてゆく。やはり神様系、建築系が多く、それに諏訪の特色が出ていて面白い。あっという間に予定の50件が紹介され、最後に各メンバーの名を冠した賞が発表された。垂涎の藤森照信賞は、土蔵の妻入部分に施された恵比寿大黒の鏝絵。原色で彩色されて、私の地元ではあまり見かけないタイプだ。話の中にもあったが、諏訪圏内には建築的に特徴のある物件が割りと豊富で、今日発表された物件も実物をぜひ見て歩きたい、と思えるようなものがたくさんあった。今後の楽しみが出来た。まだ探せばたくさんあるだろうし。

やっぱり応募はムダだったか。入場整理券13番だったし、今日は縁起悪かったんだ、しょうがない。デモチョットクヤシイ。最初に選んだ人間に見る目が無かったんだということにしておこうっと。

講演が終わり外に出ると日が傾いており、天気も少し曇り気味で、空飛ぶ茶室はまた違う風情を見せていた。前回に続いて4時台の電車には間に合わなかった。でもそれだけ充実していたってことだ。5時台の電車に乗って帰路に着く。今日のさまざまなことを思い出しながら、茅野の町並みをぼんやり眺めていると、若い女性が声を掛けてきた。

「さっき、茅野の美術館のホールにいらっしゃいました?」
「ええ、いましたよ。じゃ、あなたも?」
「そうなんです。」

聞けば、赤瀬川原平のファンで、なんと京都から来たという。介護の仕事に就いたがなかなか大変
で、今回は休みを取って来ていて、今夜は松本に泊まり明日は信濃大町の湧水などを見てから帰る予定とのことだ。人懐っこいかわいい子で、わざわざ京都から来るだけのことはあって、若いのに路上の物件や赤瀬川原平の著作にも詳しくて、予想外の楽しい車内となった。残りの旅を楽しんでね、と、先に下車したが、いろんな縁があるもんだなあ、と嬉しくなった。予定ではあと一回、
関連行事に参加するために茅野に行こうと思っている。どんな出会いがあるのだろうか。


戻る

その1へ戻る

その3へ進む