1990斗賀野

1990.10.29(月)、「懐かしい駅の風景」というすばらしいページに啓発されて、似た感じに無断で書いてみました第5弾は四国です。地図帳の貨物輸送量の図で、美祢線と土讃線の斗賀野-多ノ郷が太かったのを覚えている方も多いと思います。若い人は知りませんね(笑)。土佐石灰工業大平山鉱山の荷積込み所から専用線で斗賀野駅、斗賀野駅から土讃線で多ノ郷駅、多ノ郷駅から専用線で須崎工場です。長い22‰の坂を、DE10重連で15両のホキを牽引。かつては、あのDF50重連が18両を牽いていたそうです。信号機も腕木式でした(あたり前かも)。
斗賀野駅全景 斗賀野駅全景です、襟野々側から吾桑方面を見ています。山へ積込みに向かう空の貨物列車を準備中です。機関車が休んでいても貨車の確認ができるように、空気源が地上側にあるみたいでした。13:00ころだと思います。貨物列車の前方の線路が専用線で、ホームから続く線路が土讃線です。写真向かって手前左が専用線、右が土讃線で、駅間の分岐点まで並んでいます。機関車のいる側線の前方には高い位置に入換信号機らしきものの裏側、転てつ機標識も見えます。ポイントには転てつテコ、入換操作盤らしき箱。本線駅前後のY分岐にも転てつ機標識がありますね。上りの出発信号機、駅の先に上りの場内信号機2基が見えます。下りの場内信号機はカメラの後ろで写っていませんでした。専用線には昔は場内信号機と通過信号機があったようです。
駅下りホーム側 下りホーム側、少し近くでサイドから見たものです。下りの出発信号機本線用と側線用が分ります。ホームに近い方の側線のレールにある白い車止めは1981年に撮られた写真でも確認できますね。1981年の写真では本線に合流する下り方にも車止めがありますね。この側線は貨車の留置が主だったような感じですね。
構内配線図 配線図です。山陽・四国670駅(1983年)を参考にしました。信号機が3灯か2灯か写真からでははっきりしません、大きさは3灯のようなのですが、真ん中を塞いで2灯にしている写真もあります、本線場内は腕木式の時代に通過信号機があったので3灯だと思います。下りホームの先辺りは写真が無くてよく分らないです、あと貨物列車の前の入換信号機みたいのもはっきりしないので、深追いしていません(できません…汗)です。多ノ郷方から到着した列車の機関車を高知へ回送する時の入換えに、この入換信号機を使うのかなと思うのですが。
少し左に向いて 上りホームから少し左に向いて、残念ながら振返って襟野々方面を見た写真はなくて、ここまでです。信号機や地上子さえも写っていないので懐かしい駅の雰囲気だけ。ホームが使用している2番線側半分だけ舗装してあって、使用していない側線側は草ぼうぼうなところが見所かも。

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