シネマニア


「よく出来たウソ」


  映画の魅力について、思うままに書かせていただいて、早くも七回目となった。

前回とりあげた「死刑台のメロディ」や、「ザ・ハリケーン」のような実際に起こった事実に基づいた作品は、重い内容のものが多い。戦争映画もその部類にはいるだろう。
  私は“ただの映画好き”なだけであるので、映画を観るたびに感動の涙を流している訳ではなく、実は荒唐無稽、ナンセンス、ドタバタ、はてはお子様向けのファンタジーから、アニメまで、面白いものは面白く楽しんでいる。

  息子が幼い頃は「ドラエもん」だってつきあったものだ。

  シリアスな作品をいくつか観たあとは、“コリ”をほぐすようにただただ楽しい映画が観たくなる。
  私は東京ディズニーランドに行った事がない。

家人は息子が幼い時期に4〜5回行っていて、ディズニーランド大ファンである。

「あれは最高の“よく出来たウソ”よ」遊んで来る度に言う決まり文句である。

ディズニーランドには行ったことがない身としては、「おお、そうか、そりゃ良かったな」としか言うことはない。

  だが、私も“よく出来たウソ”は好きだ。

  先日観た「ミッション・インポッシブルU」の痛快さと言ったら、どうだろう。

“楽しませずには帰さない”とでもいうように、次から次へと全編すべて見所の、まるで、

まばたきさえもためらう程の“面白さてんこ盛り”の出来映えだった。

  トム・クルーズという役者はルックスの良さが仇になっているという感がある。

「レインマン」での彼の演技は、“トム・クルーズはただの二枚目さ”とか、“ヒーローしか演りたがらない”などの悪口屋の批評をぴしゃりと黙らせるほどの力を持っていた。

  確かに多くの女性ファンを夢中にさせるだけあって、実にかっこいいのだが、かっこいいだけの役者ではない。「ミッション・インポッシブル」での、危険きわまりないシーンを殆どスタント・マンなしで自分自身で演じている。プロフェッショナルここにありという生き生きした役者っぷりであったと思う。

  大ヒットした「マトリックス」も楽しく観た。家人に言わせると、「高倉健の“昭和残侠伝”そっくりだ」ということであるが、確かに、日本人の琴線を微妙にくすぐるシーンがいくつかあったと思う。

  キアヌ・リーブスに関しては、「マトリックス」よりも「スピード」「ディアボロス・悪魔の扉」「ハート・ブルー」などで見せる“解りやすい”演技の方が、その魅力を引き出すのに効果的であるような気がする。ただ、映像そのものの楽しさは、「マトリックス」は素晴らしかった。映像技術の進歩というものは一体どこまで行くのだろうか。


一番「よく出来たウソ」は、スピルバーグの「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のシリーズではないかと思う。
  大人になってしまった者の、夢や、後悔や、憧れを、持ちきれないほど抱えて、過去と今と未来を自由自在に行き来するマーティとドクは、私たちの夢をかなえる代理人だ。

  タイム・トリップする度に遭遇するアクシデントやパニックは、私たちが感じる羨ましさの代償だ。恋愛ひとつを例にとっても、遠い過去に遡ったり、少し未来でけつまずいたり、仏教の教えである“輪廻転生”を彷彿させるものがあったりと、ただの気楽なSF映画とは一線を画している。
  「ビッグ」も好きな作品だ。

“大人になりたい”と子供の頃思ったことがない人はいないのではないだろうか。

ユメがかなって、ある日突然大人になって、なったらなったで「!」と「?」と「……」の日々なのだ。

  空想の世界に心を遊ばせることほど楽しいことはない。現代の子供達はゲームの方が面白いのかもしれないが、私が子供であったころは、「十五少年漂流記」を手にとれば、自分が十六番目の少年になっていたのだ。その興奮も絶望も希望も自分のものだった。「厳窟王」を読みすすむうちに、モンテ・クリストの数奇な運命にどっぷり浸かってしまったのを思い出す。感情移入が激しかったのだろう。単純な性格であるとも言えるが、自分としては感受性が豊かであったのだと思いたい。

  そういう、幼く柔軟な空想力にイエスと言ってもらいたい。馬鹿にされたり、笑われたりしたら、なまじ大人である分、立ち直るのに時間がかかってしまう。

 などと、ぐずぐず言ってもいられない所まで、すでに映画は進んでしまった。たとえば「ジュラシック・パーク」である。

 莫大な制作費をかけて、SFXとよばれる特殊映像技術をふんだんに使って、気の遠くなるほどの年月を費やして出来上がったこの作品は、実にきめの細かい、特上の娯楽映画だ。


  瑚珀の中に一匹の蚊がいた。ジュラ紀に生息していた恐竜の血を吸った蚊が。
  という風に話が始まると、もうそれだけで胸がざわざわするではないか。

トリケラトプスが横たわっている。ヴェロキラプトルが走っている。ブラキオザウルスの群れが水を飲む。その池の上の空をプテラノドンが飛びかっている。

  “恐竜好き”な(もと)少年は、息苦しくなるほど興奮してしまうのだ。

「バック・トゥ・ザ・フューチュヤー」も「ジュラシック・パーク」も「インディ・ジョーンズ」のシリーズもスピルバーグ監督によるものである。

   スピルバーグは“良く出来たウソ”を作り出す天才だ。欲張りなファンは、さらに巧妙なウソに酔いたいと願う。

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