シネマニア34

〜  海辺の家  〜

 世の中がどんどん物騒になっている。とりわけ幼い子供、特に少女とその親にとっては不安な毎日であると思う。

 暗く凝り固まった悪意をほぐすように、暴力は弱者へと向けられているように思えてならない。

 日本はいつからこんなに住みにくい国になってしまったのかと、心が重くなる。

 厚化粧をして、ブランドに身をつつみ、深夜の町をうろつく若い女たち。その多くはきちんと両親がいて、家もあり、義務教育を終えているか、あるいはその途中にあるという。彼らは金と携帯電話があれば良いらしい。欲しい情報や知識は、そのほとんどがおそらく、人生において無駄なものである。

 誤解を恐れずに言わせてもらえば、こんな若者たちがどうなろうと、私の知ったことではない。勝手に堕ちればよいとさえ思う。だが、もっと幼い子供たちにまで悪い影響があっては困るのである。すでにその兆しが見えてきているのが現実である。

 

「家庭」がないのだ。「家」という入れ物を手に入れるために、幼児を抱えた母親までもが外に出て働き、それ自体は決して悪いことではないのだが、自由の味を知ってしまった母親たちは、自立だの社会参加だのと、もっともらしい理屈をならべて、育児をおろそかにして行く。

 子供の心が刺々しくなって行くのは、カルシウム不足などが原因ではないのだ。コンビニの弁当だって、「ごめんね、こんな夕食で、今度給料が入ったら、美味しいものつくるからね」と、味噌汁の一杯でも作って、父や母が一緒に食べれば、子供は荒れない。かえって「父さんも母さんも大変だな…」と思いやる心が育っていくと思う。

 食べ物に罪などない。ひとりぼっちで食べさせるから荒むのだ。

 

 もっと言えば、少々乱暴だが、バランスが悪かろうと、添加物だらけであろうと、鮮度が落ちていようと、人は生きられる。戦中戦後を考えてみれば、今だったら考えられない劣悪な状況でも、人はちゃんと生き抜いた。親も子も必死だったのだ。思いやることは貧しさとは関係がない。「家」はなくとも、仮住まいでも借り住まいでも、そこには「家庭」があったのだと思うのである。

 

 今回のテーマのキーワードは「家庭」である。

たとえ家庭を自ら手放してしまったとしても、心の中に、やはり家庭はあると信じたい。

 

「海辺の家」を見た。

 離婚をした夫婦がいる。元妻は前夫との間にできた息子を連れて再婚をしている。再婚相手との間にも子供がいて、おもてむきは安定した暮らしをしている。

 元夫は建築家として働いているが、ある日不治の病に冒されていて余命がわずかであると知る。

 別れた妻のもとで暮らす息子が、反抗期で荒れているのを知った彼は、自分の最後のひと夏を息子と過ごす計画を立てる。

 

 新婚のころに住んでいた海辺の家。いまでは訪れる人もなく、荒れ果てて廃屋になっているその家を、息子と一緒に建て直そうというのである。

 

 実はこの映画のことは随分前に、雑誌で読んで知っていて、気にはなっていたのであるが、何となく「泣ける映画ベスト20」とかの特集でも組めば、上位にランクされる内容なんだろうなと、意識的に遠ざけていたところがあったのだが、親しくさせていただいているある方から「絶対いい映画ですから、ぜひ見て欲しい」と言われ、DVDを借りて来てみたのがつい最近なのである。

 

 以前に書いた「シッピングニュース」で、荒涼たる丘に建てられた、忘れられたような家が孤独を象徴していたように、この「海辺の家」も、人々の心を表しているのだと感じた。

 荒れ果てて、錆びついて、だがこの家にはかつて幸せな笑い声がひびき、暖かな灯りに満たされた時代があったのだ。

 屋根をはがし、壁を打ち壊し、柱を倒す。そして、柱を立て、屋根を乗せ壁を作り、家は生まれ変わる。

 日に日に出来上がっていく家と、日に日に重くなっていく病い。そして縮まっていく息子との距離。

 

 親だって昔は息子だったのだ。息子の気持ちを理解できぬはずはないのである。親が子を思うのは当たり前であるが、子供だっていじらしいほど、切ないほど親を思うものなのだ。いなければいないで、憎ければ憎いで、その思いは強くなるものかもしれない。

 親の都合で手放されてしまった子供には、気持ちのほとばしりを受け止めてくれる人のいないことが、本当に大きな悲しみである。求められないということほどの孤独など、この世にないのだから。

 

 力を合わせて家を生まれ変わらせた父と子は、自分たちの作業が、心の隙間をうめていることに気づいていく。

父の、どんなにお前を思っているか、を伝える時間はもうない。

だが、息子はその思いをきちんと受け止めていく。たったひと夏で、少年は大人になれるのである。

 

 出来上がった家は、おそらく父が望んだにちがいない、ある家族のものになる。「家」そのものが選んだかのように。

 

 海辺に建つ小さな家を俯瞰でとらえて映画はおわる。

やがてその窓に灯りがともり、キッチンからは夕餉のにおいが風に乗るのだ。

 新しい歴史をつくって行くその家には、きっと暖かい心が住むのだろう。

 

追記: 「海辺の家」を勧めてくれたAさん、ありがとう。本当にいい映画でした。

 父親としっくりいってないなんて言ってたけれど、本当はお父さんが大好きだったんですね。本当に不器用なんですね。でもね、その不器用さゆえに、どんなにつっけんどんにしたって、お父さんには息子の愛情がちゃんと分かっていたのだと思いますよ。

 とっくにばれていたはずです。Aさんウソが下手だもの。

だから友達でいられるんです。きっと。


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