シネマニア32

〜  花  〜

 大相撲がつまらない。もともとそれほど好きなほうではないのだが、少年のころはそれなりに、大鵬や柏戸の時代を楽しんでいたように思う。

 昨今は異常とも言えた人気の、若乃花・貴乃花が土俵を去ってしまうと、角界はまるで灯が消えてしまったかのようである。

「皇室、若貴、長嶋家だからね。」と家人は言う。「生まれたときから知っている子供たちの成長を、自分の親戚の子でもあるかのように錯覚しているとこがあるよね。まあ大きくなって、まあ立派になって…って感情過多になっていたみたい。」

 そうかもしれないと思う。核家族化が進み、時として自分たちの子や孫よりも、若貴を身近に感じていたことはあったであろう。皇室を親戚にたとえるのは差し障りがあるかもしれないが。

 

 何年も前になるが、蔵間という力士を応援していた。長身で男ぶりもよく、ファンも多かった。大関まちがいなしと嘱望されていたのに、体調の不良を理由にさっさと引退をしてしまって、なんとなく肩すかしをくったような気がしたのを覚えている。

 退いた後は解説者としてテレビなどで活躍していたが、「ずいぶんやせたな」と思ったら程なくして訃報を聞いた。白血病であった。引退のときと同じに、あっけなくこの世を去ってしまったのである。本当に体が悪かったのだ…と、若すぎる死を悼むと同時に、なんとなくすまないような気がしている。

 

 その蔵間が、あるトーク番組でこんなことを言っていた。「お前はコスモスだって親父が言うんですよ。体の弱い兄貴ばかり大切にされていると思って、自分は少しひがんでいたんだけど、親父に言わせると、お前は倒れてもまた立ち上がって、どこででも花を咲かせられる男だ。どこででも咲けって。」

 たしかにコスモスはひょろりと伸びて、風に倒れても倒れたところからまた天を向いて立ち上がる。野原でも花壇でも公園でも横丁でも花を咲かせる。

街道沿いに揺れているひとむらの、あるいは高原をうめつくすようなコスモス。

 病に倒れた彼も、病床で父親の言葉をかみしめてがんばったにちがいない。もう一度花をさかせたかっただろう。           

 蔵間は悲しいコスモスである。

 

 私は花の名前にくわしくない。庭の草花を「これは雑草か」と聞いては家人にあきれられる。これは紫式部、あれはほととぎす、むこうのは春に咲く京鹿の子、となりは都忘れ、木の根方にあるのは春蘭と二輪草…。いろいろ教わっても聞いたそばから忘れてしまう。

こんな私が“花”をテーマに書くのも面映いのであるが。

 

 映画で“花”といえば真っ先に思い出すのは「ひまわり」というイタリア映画である。

ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ主演の悲しい映画であった。ローレンとマストロヤンニは名コンビで、いくつもの作品が作られている。ほとんどがコメディーであるのだが、「ひまわり」は数少ないメロドラマである。

 戦争で行方不明になった夫を訪ねて、ローレン扮するジョバンナはロシアに赴く。別れたころは新婚だった。美しく明るかった新妻は、生活に疲れ、潤いをなくし、暗い目をしているのが切ない。

 待ち続けた夫が生きていたことの喜びと戸惑い。失われた年月、不安と期待にジョバンナはしめつけられる。

 夫は戦火に倒れた自分を助けてくれた美しい女性と再婚していた。幼い娘もいた。清潔に片付けられた部屋。工場で働く夫の帰りを待ち、娘の世話をするかいがいしい妻。突然のジョバンナの訪問に心を乱しながらも、今の暮らしを守ろうとする姿にジョバンナは何も言えずその場を離れる。

 

 立ち尽くすジョバンナ。画面いっぱいにウクライナ地方のひまわり畑がひろがっている。

見渡すかぎりのひまわり。いつも太陽にむかって咲き続けるひまわりの中、ジョバンナの孤独が迫ってくる。

 

 人生には本当にいろいろなことが起こる。たとえば戦争が、そのさまざまな人生のかたちを浮き彫りにする。

 運命に翻弄されることは避けようがないことがある。だが、人生が終わってしまうわけじゃない。夫が新しい暮らしを始めてロシアで生きていくように、彼女の人生もまた新たにはじまるのである。

 風に飛ばされた花の種が、他の地で根付くように。

 

 花はその姿を見せてくれるだけではない。人のいとなみを、時のうつろいを四季折々に見せてくれるのだ。風は目に見えぬが、散る花びらはそのかたちを描き出す。水面に散った花は花筏となって水のかたちを作り出す。

 

 ところで、家人の草むしりは中途半端である。たんぽぽを残してしまうのである。「地に灯されたあかりのようで、いとしくてぬきにくい」などと詩人のようなことを言う。たんぽぽは可憐な姿に似合わず根が深いので、抜くのが大変だというのが本音であろうと思うが、こちらもそのくらいしたたかでありたいとふと思ったりもしている。


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