シネマニア3

ロバート・デ・ニーロ の 笑顔


  南米のイグアスの滝を、十字架にしばりつけられた一人の宣教師が、その瀑布に落ちてゆく。

   こんなショッキングなシーンではじまる「ミッション」は、今から13〜4年前に公開された。映画は1750年代を背景に、イエズス会と当時のスペイン、ポルトガルの国家権力に巻き込まれ、翻弄されて行く神父たちの魂の戦いを描いている。

  デ・ニーロは山中でインディオを狩り、奴隷としてスペイン軍に売り渡す、悪魔のような男として登場する。

  馬に乗り、ひげをたくわえて、キツネ狩りでもしているように楽しそうに、ハナ歌を歌いながらインディオたちを追いつめてゆく。見事な悪党ぶりである。だが、その無邪気とさえ見える笑顔といったら、どう言えばいいのか、見る者をひきつけてはなさないのだ。

  映画の後半、デ・ニーロ扮する悪党は、イエズス会に帰依して“善”の象徴として描かれる。この落差というものは、黒が白になるのだから相当なものなのだが、何の違和感も感じないことに驚く。もちろん脚本のよさがあるのだが、デ・ニーロ以外の誰にあんな両極端の人生が演じられるのだろう。

  あらゆるタイプの人生を演じるという点では、前回のブルース・ウィリスとも共通していると言える。

  デ・ニーロの特異性は「時代」をこえて演じられるというところだろうか。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」ではどこか屈折した男を等身大で演じた。つるんでワルをやっていた下町の子供たちは、激動の時代をはいつくばるようにして生きた。それぞれの運命は暗くわかれた。殺す側に、あるいは殺される側に。セピア色の画面の中で、デ・ニーロは友達のことや金のこと女のことで悩み、追いかけたり逃げてみたり、笑ったりため息をついてみせた。「こういう毎日さ」とでもいうように。


  そうなのだ。等身大なのだ。デ・ニーロという役者は。

「アンタッチャブル」のカポネも、「ゴッド・ファーザー・サーガ」の若き日のコルレオーネも、まさしく等身大で演じていたという感をぬぐえない。

  不思議な役者だとおもう。

「タクシー・ドライバー」は、実在しているかのように、毎日ああやってタクシーを走らせているのではないかと錯覚してしまうほどの日常感があった。

  「レイジング・ブル」の役作りで、20キロも増量したと聞いてもさほど驚かないのは、デ・ニーロならそれくらいやるだろう……とこちらも納得してしまうせいだろう。

  そうして彼はわれわれを黙らせ、うならせ、楽しませ、深く記憶にすみつくのだ。


  恐い役が多い。過去の恨みから執拗に弁護士一家をつけねらう犯罪者を「ケープ・フィアー(恐怖の岬)」で、「カジノ」も残忍な顔をもつカジノ経営者だった。

  大リーグのスター選手にのめりこみ、ストーカー行為をくりかえし、恐怖におとしこむ生格破綻者を演じた「ファン」は記憶に新しい。

  どれも恐いのだが、不思議なことに、それらの映画を思い出そうとすると、いつでも、どのシーンでもデ・ニーロは笑っている。

  中でも、前述した「アンタッチャブル」のカポネはすごかった。手下のギャング達との晩餐の席で、実はそれは“裁きのテーブル”であるのだが、手下達と実に楽しそうに笑いながら、やおら裏切り者にバットをふりあげ、制裁をくわえるシーンがある。

  笑い声がざわめきに変わり、白いテーブルクロスがみるみるうちに血に染まって行く恐ろしさと、楽しそうにバットを何度も振り下ろすデ・ニーロの笑顔の対比が見事だった。

  「アンタッチャブル」は、ケビン・コスナーがエリオット・ネスを演じている。コスナーが主演である。清潔感もあり、若々しいネスで、良かったと思うのだが、共演のショーン・コンリーの渋さと、デ・ニーロの迫力に力負けしていた感は否めない。

  仕方がない。こんな役者と組むのがまちがっているのだろう。
若いころのアラン・ドロンやマストロヤンニ級の美男ならともかく、中途半端な二枚目の時代ではないということだ。

「ブロンクス物語」はデ・ニーロ自身がはじめて監督をした作品である。

ブロンクスの下町で、酒や賭博、暴力、人種差別という劣悪な環境に少しずつそまってゆく一人息子を心配する善良な父親を演じている。彼の仕事はバスの運転手である。

  ここでもデ・ニーロはとびきりの笑顔をみせる。

自分の運転するバスに幼い息子をのせて走り出すシーンで、その笑顔は愛そのものにあふれている。

  町のチンピラ達とかかわって、息子がだんだん変わってゆく。叱ってもとがめても、止めようがない。寂しさややりきれなさに父親の顔から笑顔がきえてゆく。観る側は父親の気持ちになっているのであるが、この、笑顔がきえたあたりから、私たちは息子に感情移入してゆくのだ。

  父を悲しませている息子のせつなさが心にひろがってくる。成長とはこういうことを言うのかと気付くのだ。


  映画としては未熟な作品だとおもう。欠点をあげだしたらキリがない。

しかしあの笑顔が全てをカバーしているのだ。良い役者、うまい役者というより、やはり、不思議な役者である。

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