シネマニア29


〜チェンジング・レーン〜


 「ときどきこんなことを考える。僕は海辺で遊んでいる。打ち寄せる波に足をひたして。ふと傍らを見ると、一人の女の子がいる。僕らは見つめあい、僕は彼女のことを想う。やがて彼女は僕のものになる。……人生には、あの時ああしていたら、あるいはああしていなかったら、と思わずにいられない分岐点のような日がある。たとえば、今日がその海辺の日なんだ。」

 

 チェンジング・レーンとは、車線変更のことである。

車を運転する物なら、誰だって車線変更をする。一般道路はもちろん、高速道路を走行中に、ひやりとした経験はほとんどの人が持っていると思う。

「チェンジング・レーン」という映画では、そのたった一度の車線変更で、運命が大きく変わってしまう二人の男の一日を、ニューヨークのマンハッタンという、眠らない町に描き出している。

 望む成功のほとんどを手にしている若き弁護士と、アルコール依存症のために家族を失いかけている黒人の中年男。この両極端の二人は、めまぐるしく攻撃と復讐を繰り返す。

 

 ロジャー・ミッチェルという監督は、まるで観客に勝負を挑んでいるかのようである。つぎからつぎへと喧嘩のたねをスクリーンにばらまいてくる。観客は二人の男の間に立たされて、どちらにも感情移入をしながら、はらはらして見なければならない。

 運命の岐路に立ったとき、人は選択をせまられる。その選択は、ただその場かぎりのことではないと、映画は語りかける。

 そのあとの人生のほうが長いのだ。“生き方”の選択をしなさい、勇気をもちなさいと。

 

 冒頭の台詞は、おそらく最高の選択をした若い弁護士の言葉である。

身に覚えのある出来事が、身に覚えのある言葉で言い当てられる。鮮やかな映画である。

 

 数々のチェンジングレーンをしてきたに違いない私の、“分岐点”はいつ、どこであったのか、簡単には思いつかないところをみると、もしかするとこれからその時を迎えるのだろうか。

 

 「チョコレート」という映画をご存知だろうか。昨年のアカデミー賞で、アフリカ系黒人女性が初めて主演女優賞を獲ったことで話題になった作品である。

原題は「モンスターズボゥル」という。“怪物たちの夜会”という意味である。“怪物たちの夜会”と言われても何のことだか解らない。

 前半のシーンにその言葉が出てくる。監獄の看守たちの隠語である。死刑囚の執行が決まり、その執行前夜に、執行人たちの間で開かれる宴会なのだという。

 囚人は法のもとにおいて裁かれる。執行人たちは任務を遂行するだけである。だけであるが、その苦悩、ストレスというものは計り知れない。執行前夜の夜会は必要なのかもしれない。

 

 男はその執行人である。彼の一人息子も看守をしている。男の父親もそうだった。息子だってこの仕事に就くのは当たり前だと、男は思っている。

 人種差別の激しいアメリカ南部ジョージア州に住んでいて、黒人の子供たちとも仲良くつきあう息子は、その優しさゆえに父や祖父から疎まれている。ある日の親子喧嘩の末に、息子は自殺をしてしまう。

 女は肥満した息子をもつ黒人である。夫は10年以上も服役している。そして、夫の死刑は執行される。遅刻を理由にレストランのウェイトレスをクビになり、家賃のたまったアパートからは立ち退きを要求されている。

 雨の夜、女は息子を失う。黒人の子供がひき逃げされたからといって、犯人など出てくるわけもなく、女はもう失うものも何一つもってはいない。

 

 この、交差するはずのない二つの人生が、ある夜出逢う。

 

激しく、せつない映画である。ピストル自殺をした息子の葬儀を終えて、帰宅した男が、ソファーについた息子の血を拭き取るシーンがある。ソファーの背もたれから、くいこんだ弾丸を取り出して、ちいさな空き瓶にいれる。その時のかすかな音が、物言わぬ息子の呟きにでも聞こえたかのように、彼は蹲る。叱ってばかりだった。優しい言葉などかけたこともなかった。しょうがないやつだ、なぜもっとしっかりやれないのかと。

 感情を押し殺すように生きてきてしまった彼は、この時、息子への愛に気がついたのだ。後悔と愛が、出口を求めて胸の中で渦をまく。

 

彼の人生はこのあと、大きな分岐点をむかえる。だが、その分岐点への道はこのときに決まったのではないかと思う。

 偶然出会った、黒人の女性が、一人息子を失おうとしている場に居合わせたことで、運命の歯車はべつの歯車とかみ合ってゆく。

 悲しみと悲しみの歯車の間に、小さな希望の歯車を挟みこんだように、新しい回転をしながら、彼らは生き始める。

 

 車線変更をしない人生もあるのかもしれない。最短距離をまっすぐに突っ走れるのなら、それもいいだろうと思うが、人間はそんなに単純なものではないと、やはり思う。

「チェンジング・レーン」や「チョコレート」のようなシリアスな人生を送る自信はないのだが、いつか、人生の岐路に立たされたときに、正直さと、勇気をもっていられたら充分だと思っている。


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