シネマニア23


〜口下手〜

 

 人間を50年もやっていると、うしろめたいことはいくつもある。何かをしでかした時、その都度レジを打つように、きちんと謝って「いっちょうあがり」ときれいにしておけば、何ひとつうしろぐらいことなど無いはずなのに。なかなかそうはいかないのは私だけではあるまい。家人に聞こえると「なーに言ってんだか…」と冷たい目でみられそうだが、私に言わせれば、うしろめたさなどというものの一つや二つ無くてどうする、それこそが男の翳りだとか、色気だとか、さらに言えば優しさや抱擁力にまで関わってくる大事な要素なのだ。

 叱ってくれる、祖父母や父をなくした身には、己の心の中の“うしろめたさ”だけが、自分を律してくれる、おそらく一生付き合わなければならない相棒のようなものだろうと思っている。

 父も謝り下手な人であった。ささいなことで口論になり、腹を立てたままで2,3日が過ぎ、ある時、私たち夫婦が飼っている猫の背を撫でながら「本当に可愛いなあ、おとうちゃんとおかあちゃんが優しいからお前は幸せだなあ…」などと言っている。

 故向田邦子さんの名著に「父のわび状」というのがあるが、明治、大正生まれの男というものは、どこか似ている。反発もしたし、憎んだことさえあるが、亡くしてしまった今は、なぜあの時自分から折れることが出来なかったのかと、悔しくもあり、申し訳なさと愛しさで胸がつまってくる。

 

 唐突だが、車寅次郎という男は口下手だ。

 

 どうしても思いを打ち明けられずにいる若い男の臆病さがじれったくて、シェイクスピアもかくやと思うほどの算段をめぐらせて、その恋を実らせてやる才覚をもちながら、自分の恋には呆れるほど不器用だ。「好きです」のひと言がどうしても言えない。「好きです」は、寅さんの心の中で、何度も何度も繰り返されて、すりきれてしまったかのようだ。

 「産で死んだか三島のおせん、おせんばかりが女じゃないよ、四谷赤坂麹町、ちゃらちゃら流れるお茶の水、粋なねえちゃん立ちションベン、とくらぁっ…」と香具師の口上を小気味よく述べながら、結ばれることの叶わなかった愛しいひとの幸せなどを密かに祈る。    

 寅さんは本当に口下手だ。

 

 “フーテンの寅さん”のシリーズについては、賛否両論多々あろうが、日本映画の歴史の一端を担っていることは事実であろう。

 映画フリークの家人の心の中にも、寅さんは長い年月住み着いているらしい。 

 「出版社に勤めていたころね、営業部の人から、とても理不尽な叱られ方をされて、冗談じゃない、私の落ち度じゃないよ。何よ、あの言い方…と、本当に悲しくて、腹が立って、“問屋さんに行ってきまーす!”って言って、会社をとびだしたの。地下鉄に乗っていても歩いていても、涙がとまらないの、悔しくて。気がつくと、銀座並木座という100円で見られる名画座の前にいたの。日本映画なんて馬鹿にしていた生意気な女の子だったんだけど、「男はつらいよ」の2本立てにね、すいこまれちゃった。」

 映画館の中で泣こう、と思って入ったその生意気な女の子は、すっかりイヤなことを忘れて、思いっきり癒されて映画館を出たのである。

「寅さんってね、さんざん笑わせて、こちらの涙が乾いたころを見計らって、“よう、どうした?元気がでたかい?そりゃあ良かった”って言ってスタスタって行っちゃうの。人の弱いとこを分かってて、弱みに付け込まないのよ。あれが男というものよねえ」と、余程の恩を感じているらしく、家人はその時以来の寅さんファンである。

 

 思い切って告白する。私もまた、日本映画など馬鹿にしていた生意気な男の子であった。

黒澤明や小津安二郎、あるいは溝口健二といったいわゆる巨匠、名監督についてはどこか別格というつまらぬラインを敷いていたのだろうか。“男はつらいよ”なんぞというものに蹴躓いてはいられないといったような、ええかっこしいであったことを認めざるをえない。

 15,6年ほどもたつだろうか。テレビの名画劇場で、見るともなくぼんやりと眺めていた映画が、寅さんの映画だった。題名は覚えていない。

 恩師のお嬢さんがピアノを弾いている。憧れていても月のように手の届かないお嬢さんである。縁側に腰をかけて寅さんが目を瞑って聞き入っている。「お嬢さん、この曲、なんていうんですか」「ショパンの別れの曲っていうのよ」ふーっと、ため息をつき、遠い目をして寅は言う。「その、しょぱんってえひとも、さすらっていたんでしょうかねえ…」

 寅さんの「好きです」は、こんなふうに形をかえる。本当だ、本当だ。男はつらいよなあ、とその時初めて私にも寅次郎の心意気が分かったような気がする。

 

 最近の若い者は、などと言うと、それだけで古いだのオヤジだのと馬鹿にされそうだが、どうもテレビなどを見ていると、妙に如才なく饒舌な若者が増えたように思えてならない。その一方で、「…ていうかぁ」「なんか、」「けっこう、」「…みたいなぁ」ばかりを連発して、まるで中身のない会話を繰り返す者も多い。

 どちらももったいないなと思う。若い時はもっと背伸びをしても良いのではないか。私などは難しい言葉を覚えたら、使ってみたくてならなかった。今思えば滑稽に思えるかもしれないが、向上心とかコンプレックスこそが、人間を伸ばすのだ。恥をかくのも若さの特権だろう。

 寅さんには学歴らしきものはない。金もない。自分自身を誇れるところなど殆んどないようだ。それでも「弱ったもんだ…」と言いながら、彼のまわりの人々はみんな寅が好きである。己の手にあまるほどの愛情を、素直に表すことがきまりわるくて、乱暴な言葉になったり、「うるせえやぃ」とすねてみたり、笑ってごまかしたりしてしまうのだ。

 

 自分をふくめて、どうも日本の中年男性は、言葉足らずというのか、口下手であるような気がする。「男はつらいよ」があんなに長い年月、繰り返し作られたのも、寅さんを見て笑いながら、自分自身をも見ていた我々のためだったのかもしれない。

 風のにおいを感じながら、カバンひとつで旅を続け、故郷の柴又には口うるさいが暖かい人達がまっていてくれる。こんな暮らしを疑似体験させてくれるところが、人気の秘密だったのだろう。

 

 自分を振り返ってみると、心が通じ合っていれば、口下手でもいいと思う気持ちがどこかにあって、思いを伝える努力を怠っていた。

 息子にもいつの日か、この不器用な親父の気持ちが解かる時がくるのだろうか。

 死んでからじゃおそいんだけどなあ……。


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