シネマニア14


〜ジャン・ギャバン〜

 家で一杯やりながら、家人と映画やテレビドラマの話をしている時、どうも話が通じないことがある。

 家人は少女時代を、神奈川と東京で送っている。“サンセット77”だの、“ブロンコ”だの、“サーフサイド6”“パパ大好き”“ビーバーちゃん”“コルト45”“拳銃無宿”だのと、懐かしいものも多いが、こちらが見たこともない番組も次々に出てくる。松本では放映されていないものもあり、たとえ放映されていても、放映時間が東京とは違っていたこともあった。

 私の家では、夜遅くの番組を、子供が見ることは許されていなかった。

 家人の方はと言うと「テレビが家に来たのが遅かったし、友達の家に行って見せてもらったりしていたので、自分の家にテレビが来た時は、もう、かじりつくように見ていたの。一日中だって見ていたかったの」ということであるらしい。

 当時“ララミー牧場”という西部劇が大人気で、その番組の終わりに、毎回登場して解説をしていたのが淀川長冶さんであった。「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」とエンディングで手を振ってくれるのが、話題になった。後に“日曜洋画劇場”でもお馴染みになったので、覚えている方も多いことだろう。

 その淀川さんと、「隣の席で映画を見た」というのが、家人の自慢である。

 二十数年も前のことだが、出版社の編集部にいた家人は、配給会社から送られてくる試写会の入場券を「一枚も無駄にしなかった」そうで、その時の作品は“バニシング・ポイント”という、カーアクションをふんだんに盛り込んだ映画であったらしい。

 何しろ、小学生の頃にテレビで見ていた“サヨナラおじさん”が、隣にいるのだ。「銀座の二十世紀フォックスの試写室の、後ろから3番目の真ん中に座ったのは覚えてるんだけど、」肝腎の映画については、「失神してたから覚えていない」そうだ。

 こういう“映画談議”に、私は遅れをとってしまっているのだが、亡くなった父は、酒のサカナに、家人との映画についてのおしゃべりを楽しんでいた。父と家人が夢中になって、話していた映画のひとつに“望郷〜ペペ・ル・モコ”がある。

 父がカラオケで歌える歌は3曲あった。“夜霧のブルース”“旅姿三人男”そして“カスバの女”だ。「明日はチェニスか、モロッコか」の部分がとりわけ気に入っていたようで、モロッコだ、外人部隊だ、マリー・ベルだ、ディートリッヒだ、と饒舌になっていた父を懐かしく思い出す。仕事でくたくたになっていた日常を、こんな風に癒していたのかと、今になって、胸がちくちくと痛んでくる。

 

 “望郷”は、あまりにも有名であるので、ここでとりあげていいのか、どうか、実は少し迷っている。

 だが、シネマニアなどと名乗って、こんな風に好きなことを書かせてもらっている以上は、この作品を避けて通ることは、やはり出来ないだろう。

 ジャン・ギャバンという、不世出の俳優については、あらゆる映画メディアでくまなく紹介されている。であるから、ここでは解説などするつもりはない。

 私が見たジャン・ギャバンの魅力を語ることしか出来ない。

“望郷”は、映画ファンならずとも、「一度は見たことがある」という方が多いことだろう。 

 ペペ・ル・モコが、ミレーユ・バラン扮するギャビィという女に「パリの香りがする。地下鉄の香りだ」と言うシーンがある。この言葉が、彼の望郷の思いを言い現していた。危険を冒してでも、その思いを消し去ることが出来なかった男の悲しさ。

「ギャビィー!」の絶叫をフランス行きの客船の汽笛がかき消す。甲板に出ていたギャビィは、その汽笛に耳をふさぐ。

 ペペ・ル・モコという男は、ギャビィの細い眉と、赤い唇に負けたのかもしれない。カスバの雑踏と喧騒から、とうとう生きて抜け出すことができなかった。

“好きな映画を10作品挙げよ”と言われたら、“望郷”はやはりはずせないと、このラスト・シーンを思い出すたびに感じる。 

 ジャン・ギャバンは決して美男ではない。ずんぐりしているし、団子鼻だ。ギャング映画に多く出演しているが、私としては、ギャングよりも平凡な中年男を演じているギャバンが好きである。

 “ヘッド・ライト”は、生活に疲れたトラックの運転手が、若い女と恋に落ちる話である。親子ほども年が離れているのに、女はなぜ風采のあがらない中年男に惹かれたのか。フランソワーズ・アルヌール演ずる、クロチルドという女が着ていた黒いコートにその答えがあった。エナメルのような光沢があるが、あきらかに安物のビニールのコートだった。クロチルドは、貧しく、寂しく、そして寒かったのだ。胸の奥まで凍えていたのだ。

 寂しい二人が出会ってしまったということなのだ。この映画の中で、アルヌールは一度も笑顔をみせていない。見終わったあとも、二人の孤独が胸のどこかにしみついているような作品である。クロチルドを、「クロゥ」と呼ぶギャバンの、しわがれた声が今も耳に残っている。

 “首輪のない犬”という映画を見たのは、中学生のころだった。首輪のない犬というのは、親がいないか、もしくはいたとしても、教育はおろか、生活さえも満足でないといった子供達のことである。食うためには、盗みもする。チンピラの手先もやる。汚れた上着のポケットにも、胸の中にも一本のナイフをしのばせて。

 少年院や養護施設で、自立を願う彼らを、大きな心で見守るのが、ジャン・ギャバン扮するラミィ判事である。少年院から脱走して追われる少年を逃がそうと、川に飛び込む少女シルヴェット。彼女を助けようと、自らも水に飛び込むフランシス。この幼い恋人たちは、判事の必死の祈りもむなしく死んでしまう。

 ラミィ判事は嘆いてばかりはいられない。今、こうしている間にも、パリの下町のどこかで、行き場のない子供達が自分を待っているのだ。

 ギャバンの出番はそう多くない。だのに、見ている私までもが、すがってしまいたいくらい、大きく、優しく、暖かく存在していた。

 私は“我らの仲間”という映画が好きである。これはジュリアン・デュヴィヴィエの作品である。本当に私達の仲間の誰かに起こった出来事であるかのような、身近さを感じる。 一度見ただけなので、詳しくは忘れてしまっている。(“仲間”が4人だったか、5人だったのかが、どうもさだかでない。)ギャバンをふくむ“仲間”が金を出し合って富くじを買う。街に失業者があふれている頃の話である。誰もが一攫千金を夢みていた。くたびれたジャケットのポケットの小銭をかき集めて、“なけなしの金でありったけの夢”を買った。

 それが当たりくじだったことから、ドラマが始まる。

 仲間たちは知恵を出し合って、共同で経営する約束でレストランを作る。みんなの夢をひとつずつ形にしながら、レストランは出来あがった。ここまでは楽しく、なごやかな話である。後半、映画はやりきれないような、悲しみや重苦しさに包まれてゆく。

 呑んだくれの愛すべき仲間が、女をはさんで、あるいは金のことで、そして一人の事故をきっかけに、心が離れてゆく。辛い話であるが、“仲間は仲間だ”という、一番深い所に流れている“愛”がこの話を救っている。

 ギャバンは、カッコ悪いおじさんだ。だからこそ価値がある。

とは言うものの、ただのおじさんに“地下室のメロディー”は出来ない。“シシリアン”も“暗黒街の二人”も出来ない。“大いなる幻影”など勿論出来っこない。

 

 その才能がないので、考えたこともないが、役者にならなくて良かったと、今つくづく思う。死んでしまっても、何年経っても、人の心に消えずに存在するというのは、役者冥利と言えばそうかも知れないが、ずいぶんしんどいことだろう。

 ギャバンがいつ死んだのか、私は覚えていない。だが、ジャン・ギャバンという名優が、どんなにすごい役者であったかということだけは、決して忘れることはない。

 “望郷”の中で、ペペ・ル・モコのモロッコ人の愛人が言う台詞に、こんな言葉がある。

 「ねえ、ペペ、あたしはペペ・ル・モコのためなら、あんただって売るわよ」

こんな情念を受けて立てるのは、ジャン・ギャバンをおいて他にあるまい。



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