シネマニア11


〜音楽が見せてくれるもの〜


  たとえば車のラジオから、あるいは、何気なく入った店のBGMから、耳に懐かしいメ
ロディーが聞こえることがある。

 「ああ、これはたしか“鉄道員”(てつどういん)のテーマだ」と思いあたると、ピエトロ・ジェルミの顔が浮かび、ラストシーンの、少年のけなげさが胸に広がってくる。

  音楽というものは、不思議な力を持っていると思う。
ほんの少し聞いただけでも、その映画のシーンがたちまち蘇ってくるのだ。そして、その時の自分がどんな風に生きていたのかも、その映画館がどの町にあって、その頃流行っていた歌が何だったのかも、まるでセットになっているかのように思い出されることがある。


  高校生の頃だった。2学期の期末試験をひかえた、憂鬱な時期でもあった。
「友達の家で勉強するから」と親にウソをついて、“第三の男”を見た。
  どうしても見たかったという訳ではなかったのだ。何かが胸の奥に重く溜まっていたのだろう。勉強から逃げたいのでもなかった。今なら解るような気がする。“ウソをつきたかった”だけなのではなかったかと。

  アントン・カラスの奏でるツィターの“第三の男”を聞くたびに、私の胸に鮮やかにその時の自分の姿が見えてくる。

  映画館の一番後ろの席で、うづくまるように画面を見つめていた。アリダ・ヴァリがまっすぐ前を見据えて、枯葉の中を歩いて行くラスト・シーンを、瞼の裏で思い浮かべながら、夕闇の中、家路を急いだ。路地の垣根に咲いていた菊の花が、恐いくらいに白く光っていたのを、昨日のことのように思い出す。
   映画の中で、ジョセフ・コットンは追われていた。何でもない物影にさえ怯えていた。その緊迫感が、ウソをついている自分に、そっくりそのまま覆い被さっていた。
「勉強しよう」と思った。

この年になっても私は“第三の男”から逃れられずにいる。遊園地の観覧車を見るたび、あのツィターの音を聞くたびに、どこかで後ろめたく、ほんの少し甘酸っぱいものがこみあげて来て、恥ずかしながら鼻がつまってくる。

 
  “タラのテーマ”(風と共に去りぬ)は目をつむって聞いていたい曲だ。カーテンで作ったドレスを身にまとい、堂々と借金の申し込みに行く、逞しく、美しく、痛々しいほど強いスカーレットがそこに居る。「明日のことは明日考えましょう」と、打ちひしがれてもなお、したたかに、あでやかに、立ち上がるスカーレットが。

  若い頃に見た時と今では、少し感じ方が変わってきている。初めて見た時は、炎のようなスカーレットの美しさと、レット・バトラーの、アクが強いほどの男らしさに目を奪われていた。大人になってから見ると、アシュレイという男の、頼りなさが誠実に、優柔不断が思慮深さに思えてきた。メラニーについてもそうだ。彼女を失った時に、スカーレットが「あなたは私を強い女だと言ったけれど、違うわ。メラニー、あなたこそが本当に強かったのだわ。私達は何か困ったことがあったり、悲しいことがあるたび、あなたのスカートの後ろに隠れて、あなたに慰められていたのだわ。」と言った言葉がすべてを言い表している。
  烈しい女に振り回されるには、自分のパワーがなくなっただけじゃないのか、と言われそうだが、確かにそういうことなのかも知れない。ただ、それまで見えなかったものが見えてくるのなら、年を重ねるということも、そう悪くない。
  “タラのテーマ”を聞いていると、まさしく“風”が吹いてくる。何かを吹き飛ばし、そして、何かを運んで。


  “エデンの東”も忘れられない曲だ。これは高校生のころにテレビで見た。白黒画面で、字幕を読んだ記憶がある。この映画も“風と共に去りぬ”同様、一度見ただけでは解らない。

   ジェームス・ディーンが演じる、キャルという青年の傷つき方にばかり注目していた。
先日たまたま、テレビで再び見る機会があった。白黒画面は、私の家のテレビだったからだ。「エデンの東」はカラー映画だった。そんな思いもふくめて、懐かしい気持ちで見た。

    見終わってひとつの結論がでた。これは“弟に光をあてた兄の映画”だ。
昔見たときは、頑固オヤジとしか思えなかった父親が抱えていた悲しみや、不器用さが、直に伝わってくる。冷たく見えた長男が、実は誰よりも深い傷を持っていたことが、ラストシーンでやっとわかった。もう一度見る機会があって良かった。

  ゆったりと、どこか切なく、見上げた空に溶け込んで行くようなメロディーが全編に流れている。キャルの兄アランの恋人アブラが、干草の上に身を投げ出して、走ってきたばかりの、息の荒さを楽しむように、このメロディーをハミングしたシーンが印象的だった。

 良い曲だとおもう。そばで見ている姉に悟られぬように、シャツの袖口で素早く涙を拭っている17才の自分が胸をよぎった。


 “夜のタンゴ”という映画を私は知らない。曲を聞けばおそらく多くの方が「ああ、聞いたことがある」と思われるに違いない。見ていない映画のことを書くのは、おかしいかも知れないが、この曲に関しては、忘れられない話がある。

  私の古い友人の母上の話である。健在であるので、名前は伏せさせていただく。
友人がまだ幼いころ、彼の両親の仲がちょっとぎくしゃくしていた。経済的にも逼迫していたらしく、口争いが絶えない日々が続いていた。すっかりやつれてしまった母親は、ある日、一人の青年と出会った。女学生だったころからの顔見知りでもあり、優しく暖かなその人柄に、彼女はだんだん心を開くようになっていった。

    ある日、友人は「映画に行こう」と母親にさそわれる。滅多にないことで、彼は大喜びをしてついて行った。マンガでもチャンバラでもなく、少しも面白くない“よるのたんご”という映画を半分眠りながら見た。手をひかれて映画館を出る時、母親が誰か知らないおじさんに深々とお辞儀しているのを見た。

    何日かして、母親が掃除の手を休めて、ラジオの前に立ちつくして、涙ぐんでいるのを見た。見てはいけないような気がして、その場を離れた。

「その時のことをおふくろに聞いたことがあるんだ。“まあ、良く覚えてるのね”って、その当時のことを話してくれた。」

 母親は結婚を申し込まれていたのだった。子供がいます。年もとっています。と断りながらも、自分を想ってくれる人がいるということが、どんなに嬉しかったことだろう。

  「せめて、最後に自分と一緒に、映画を見に行ってはくれないだろうか」という誘いまでは断りきれずに、それでも一人で行く勇気はやはりなく、後は友人の幼い記憶の通りである。

    辛い結婚生活も、自分を想ってくれる人がいた、という事実に励まされながら、年月を過ごした。そしてある日、ラジオから“夜のタンゴ”が流れてきた。束の間だった優しい時間が、帰ってきたような気持ちに一瞬包まれたのだと言う。

「あの曲を聞くと、あの時ラジオの前でたたずんでいた、おふくろの背中を思い出すんだ。」

   その一曲は、おそらく今も母上の胸の奥ふかくで、密やかに響いているのだろう。
彼の話を聞いてから、タンゴのメロディーを耳にするたび、私にもその時の母上の、涙ぐむ横顔が見えるような気がしてならない。

「好きな映画音楽はあるか」と、家人に聞いてみた。しばらく目をとじて、うーん……と考え込んで、“太陽がいっぱい”“パピヨン”“ひまわり”“キャバレー”“シェルブールの雨傘”“卒業”“ゴッド・ファーザー”………と、止まらなくなった。

「それとね、“稲村ジェーン”と“緋牡丹博徒”あとは……」

 あとはまたの機会にしよう。


シネマニアトップへ