夢楽人
毎日新聞南信版


安らかに生きるために

 石油や食料品価格の異常な上昇が続き、生活不安が高まる折、後期高齢者医療制度という区分け医療と、特定健診という名の新しい健診制度がスタートした。どちらも、もっともらしい理由をつけてはいるが、結局は医療における支出を減らすことが主目的である。
 国民のためを思い、少ない財源を最大限に有効活用するため、細心の注意を払い検討されたものなら納得できる。しかしこれは最初から目標値が定められ、結果ありきで作り上げられた制度である。先日の某テレビニュースで元財務官僚が告白している。政府関係者らは、国民の理解を得ようと、無理矢理な理屈をつなぎ合わせ、情に訴えかけるCMを流すことなどで、この制度を正当化しようとしている。
 本心が丸見えである。国の財政の安定化のためという錦の旗のもと、生活の安全を確保するための医療・介護の予算がじわじわと削られてきた。先行き希望のもてない状況下で、老後の安心のため、最低限必要なものまでが奪われてゆく。
 悪法も法なりという言葉もあるが、我々医師もどんなに問題のある制度の下であっても、そこで選択できる最善の医療をせねばならない。人がただの数でしかないはずがない。医療の現場はその人の人生の現場である。
 本当のことだけをお伝えできることを念じつつ。
(6月17日掲載)



さびしいね
 
 「先生、俺たちはもう長生きするなってことかね?」。4月に後期高齢者医療制度が始まって以来、こんな寂しい愚痴を聞くことが多くなった。若者の負担を軽減するためとの一方的な説明だけで老後の安心が奪われようとしている。「いくら国の財布の中身が限られているからって、これはねえわね」。愚痴は止まらない。
 高齢者人口が増えれば、医療費は当然増加する。多くの医師は、その削減が医療の質の低下と医療難民の増加に繋がっていく危険があることを知っている。国の無責任な政策に振り回され、医師の不満も増大している。
 政府は「医療費亡国論」を印象づけるため、都合のよい数字しか公にしない。しかし05年の日本の総医療費は対GDP比7・9%で米国の15%より少ない。先進国中、最も高齢化率の高い日本が、世界第19位と先進国中で最下位なのだ。医療費に対する国の負担も、米国の45%に対し34%程度だ。しかも、その医療費の50%は我々の支払う保険料でまかなわれている。
 日本の公共事業費は先進6カ国の合計より多い。小泉政権以降、医療福祉関連予算より大きな予算配分が続いている。医療費削減政策から生まれてくるのは、国民の笑顔ではなく、不安と悲しみを抱えた顔である。私たちの生活に最も必要なものは、道路ではなく老後の安心だ。
(7月29日掲載)



切り捨て御免?

 「急いで来て」との119番で駆けつけると、「病院に行きたいので」とけろ りとしている。救急車をタクシー代わりにする人が増えているという。病状は現 場に行かねばわからないから出動せざるを得ない。出動回数が増える結果、本来 の緊急患者に対応できない場合もでてくる。この問題を解決するため、救急車有 料化もやむをえぬという話が現実的になってきた。
 海外では無料の方が少ない。中国では医療保険制度が崩壊したこともあり、救 急車利用に限らず、すべての医療費を自己負担しなければならなくなった。金持 ちでないとまともな医療を受けられぬ社会となってしまった。弱者の切り捨てが 簡単に行われている。
 竹中平蔵・元財務相は、消費税の社会保障費への目的税化に反対している。そ れより高度医療の有料化が経済の安定に必要だという。その主張のまま制度が変わるとしたら、救急車を頼むと、「前金をいただかないと病院にお連れできませ ん」といわれるのだろうか。
 救急車有料化はともかく、少しでも質の高い検査や 治療を望んでも「この検査は保険がききません。万かかりますが、どうします か」と問われる時代が来るかもしれない。
 健康維持のための高額自己負担は当然なのか。医療の平等を維持しようとする のは時代遅れなのか。日本のあたりまえが医療においても変わりつつある。
826日掲載)


大野病院事件に思う
 

 福島県立大野病院で04年、帝王切開で出産した女性(29)が手術中に失血死した事件で先月20日、無罪判決が下った。全国の医師が注目した裁判だった。医療裁判では、故意・過失なのか、通常の医療行為なのか、判断が難しいことが多い。医師が注目した理由は、医療行為の是非の判断よりも、警察が事件発生後2年を経て加藤医師を業務上過失致死などの容疑で突然、逮捕したことにあった。

 法律上、警察が被疑者や参考人を逮捕・勾留できる理由は▽住所不定▽証拠隠滅の恐れがある▽逃亡の恐れがある、の3点だという。だがこの事件はどれも該当しない。すると逮捕の目的は、実は自白の強要ではなかったか。そう推測する識者は少なくない。

 真実は不明だ。しかしこの事件が後の産科医不足や萎縮医療の契機になったことは明らかである。今、産科希望者は激減し、福島県の公立病院で産科を扱う病院はなくなってしまった。 日本4.4、米国10.0......  2004年の出生10万人あたりの妊産婦死亡率だ。75年にはそれぞれ28.712.8と高率だった。医療の進歩は、出産が命がけの行為であることを忘れさせてしまった。生命の誕生への感動、感謝を忘れてはならない。長野県でも急激な産科医不足が進行し、里帰り出産の受け入れが難しくなってきた。
 産科医は心身ともに疲弊している。

923日掲載)


過ぎたるは及ばざる
 
 総務省によると、70歳以上の人口が2000万人を超えた。更に65歳以上の年金生活者世帯の支出は約20万円で、税引き後の手取り収入は約16万円という。貯金から毎月4万円を取り崩す生活に追い込まれている。
 「先生、今はいいけど年金生活になったら、医者にかかれなくなるわね」という声を聞く。そんな患者さんの希望に添うよう、本当は投与すべき薬の中から、絞りに絞って処方薬剤数を減らし、負担を少なくせざるを得ない時がある。無駄を省くことは必要だが、必要なものさえ省かねばならない時代が始まっている。
 老後の安心に必要な予算まで削ってはならない。
 先日の本紙の「余録」に、「看護・介護の現場では若い労働力の不足で外国人労働者に頼らざるを得なくなった」とあった。介護保険制度が始まった頃は、介護職に将来性を感じ、多くの若者が介護士資格を取った。しかし、国の度重なる介護保険料の減額により、企業は人件費節約に走った。結果、介護職の魅力は薄れ、敬遠されるようになった。労働を正しく評価しなかったためにこんな状況が生まれた。
 外国人労働者の導入で先行した台湾では、要介護者が外国人介護者に虐待される事件があった。日本の未来を暗示してはいないか。安さを求めるばかりでは介護は荒廃するだろう。
(10月28日掲載)


意義ありメタボ健診

 最近の厚生労働省の施策には疑問が多い。昨年までの基本健診が今年から特定健診(メタボリックシンドローム健診)という名前に変わった。健診の実施母体が昨年までの自治体から 、加入している保険者となったのだ。
 松本市は、昨年までは行政と医師会の協力により、指定された3カ月以内なら近所の医療機関で健診を受けられるという先進的な基本健康審査健診態勢を整えていた。健診の機会の少ない主婦を中心に受診率上昇が期待される矢先だった。しかし、新方式に変わったため、受診率は低下している。
 メタボ健診という糖尿病に的を絞った健診を進めることで、がん健診の予算を削らざるを得ない歪みが生まれる。このことは先日の本紙で報じられた。
 内臓脂肪の増加は多くの疾患の要因だ。だが腹囲測定が診断基準の一つであることに多くの医師は疑問を感じている。肥満をメタボの必須条件とするのは不適切だとの意見も多い。
 日本の男性の腹囲を85a以下とした理由を日本肥満学会会長は「アジア人の特質」と表現した。これに「我々はアジア人ではないのか」と中国、韓国の医療関係者は反発している。
 確かに腹八分に医者いらずとは言う。でも、肥満はそんなに悪いのだろうか。85aに締め付けられるのも、健康に良くないと思うのだが。
(12月2日掲載)

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