束間の偏話43
1999年9月11日 ハチ、ハチ、ハチ

 ついこの前、蜂ではとても怖い思いをした。
N地区の現場でスズメバチが出て困るというので、薬品会社に無理を言って土曜日に出てきてもらって駆除をした。どうやら、巣があるのではなく、餌場か何かで、たいしたことはなかったということになり、薬品会社の人も我々も安心して、油断して突っ立って話していた。ちょうどそこに1匹ブンブンと飛んで来て我々の周りにまとわりついた。O君とH君と私と、立ちすくんで凝固してしまう。薬品会社の二人は反射的にしゃがんで小さくなったが、私達は馬鹿みたいに突っ立って、「動かないで!」といわれて硬くなっていた。蜂は何が気に入ったのか、気に入らないのか、一向に私達の周りを去らず、しつこく飛び回って纏わりつく。O君のTシャツを一通り舐め回すように飛んだ後、H君の腕、首筋、白いTシャツにそれはそれはしつこく纏わりついた挙句にとうとう胸元にとまって歩き回る。H君が凝固したままでピクピクしているのがわかるがどうにも出来ないじゃないか。こんな感じで5分ばかり、私達を脅し上げて蜂は飛び去った。長い長い5分であった。

蜂については、思い出は多いが、ここではスズメバチについて記す。
子供の頃はカブトムシ取りが大好きだったので、結果としてスズメバチには結構お世話になった。刺されるほどドジでも度胸があるわけでもなかったが、怖い思いは何度もした。

カブトムシが集まるクヌギの樹液には、あの憎き奴らもやって来る。これは、と狙う木には必ず居るのだ。不用意に木の裏側を覗いて仰け反り飛びのいたこともしょっちゅうだった。カナブンや蝶を押しのけて樹液に齧り付くあの図々しさ。ブンブンと、止めどもなく威圧的なあの羽音。毒々しい黄色と黒のストライプを描いたミニチュア模型のような図体。あんなでっかい奴に刺されたら、それはもう、ひとたまりもないわな。誰かは刺されて入院したなんて噂もあった。とにかく子供のときは憎くて怖くてたまらない存在だった。

でも、そこは子供である。目当てのカブトムシがいると、スズメバチの恐怖より、あのカブトムシがどうしても捕りたい、という欲が勝って、果敢というか無謀というか、なんとかしてスズメバチを排除しようとしたものだ。夢中で樹液をなめているスズメバチを背後から棒で殴る。必殺でもよいし、ショックで地面に落ちたのを間髪いれず踏みつけて圧殺する。もしや、まだ死んでいないのではと、遮二無二、踏みつけたものだ。殴りそこなうともう大変。一目散に逃げる。蜂がどう反応したかなんて全然見ていない。とにかく、「しくじった!」と思った瞬間、反射的に丸くなって全速力で逃げるのだ。そして、離れたところで小さくなって暫くじっとして様子を見る。

何度も蜂退治をしくじって、一度、確実に殺してやる、と捕虫網と殺虫剤をもって出掛けたことがある。網で絡めとって殺虫剤でやっつけようという魂胆だったが、これは予想以上にうまくいった。スズメバチは最強の蜂で、自分ほど強いものはないと思い上がっているので、補虫網も恐れず襲いかかって飛び込んできた。それを地面に伏せて、露がつくほど殺虫剤を浴びせかけると、蜂はあっけなく死んでしまった。死骸は小さく丸まって、あの強力なスズメバチだったとは思えないほど惨めなもので、子供の僕は勝利の満足感と共に一抹の寂しさを感じたことも否めない。
でも、本当はそんな同情をしてはいけない。そのくらい奴は獰猛で危険で、厄介な存在だった。


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